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2008/02/22/
23:58 日記 /
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2008/02/22/
23:55 ニュース /
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2008/02/22/
23:10 日記 /
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昔から、笑いやユーモアが健康に良いということはよく知られています。例えば「笑いは人の薬」ということわざがあります。
笑いの心身に及ぼす効用についての研究と、前向きで楽しい生き方を普及するために「日本笑い学会」が設立されています。大笑いすると、呼吸数が増えて横隔膜の良い運動となり、呼吸器系、循環器系などの内臓の働きを高め、新陳代謝を活発にします。さらに免疫機能を高めることも科学的に証明されています。精神面に及ぼす影響についてみますと、笑いやユーモアは不安や緊張、恐れ、憂うつ、悲しみ、落胆や絶望から一時的に解放してくれます。
ストレスや疲労の蓄積は、うつ病の発症に大きく関係しています。うつ病にかかると憂うつで悲観的な考えに支配され、人生を否定的にとらえます。また、何事に対しても億劫(おっくう)となり、毎日悲嘆にくれ、笑いのない暗い生活になります。
このような状態にならないために、日ごろから笑いやユーモアのセンスを磨いて大いに笑うことが、ストレス対処能力を高め、うつ病を予防します。
現在、うつ病の治療としてよく用いられている認知行動療法は、考え方を楽天的にする精神療法とも言われています。楽天的な考え方は、人生の困難辛苦を肯定的にとらえ、マイナス思考をプラス思考に変え、笑いをもたらして憂うつな気分を取り除きます。笑いとユーモア、楽天主義的考え方がうつ病を防ぐのです。次回は「楽観的になるために」についてです。(大阪市立大大学院医学研究科教授・神経精神医学、切池信夫)
毎日新聞 2007年4月14日 大阪朝刊
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2008/02/22/
22:18 うつ病 /
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うつ病は「こころの風邪」と言われるぐらい、誰でもがかかる可能性のある「こころの病気」です。一度かかると、つらくてしんどく、家庭や学校、職場での日常生活に支障をきたします。多くは薬物療法や精神療法で良くなりますが、こじらせて長引くと、つらくて暗い人生になります。うつ病は一つの原因で生じるというより、性格、考え方の癖、対人関係、生活習慣、ストレス、身体の状態、脳内のホルモンの働きなど、さまざまな要因が相互に関連して生じるものと考えられています。従って、これらを変えることにより、うつ病を予防することができます。
そこで、これから毎週、うつ病にかからない考え方や生活習慣などを中心に、うつ病の早期発見や治療法などについて紹介します。
今回は、憂うつ、うつ状態、うつ病の違いについて説明します。うつは「ふさがる、気持ちが晴れない」など、気分が落ち込むことを言います。誰もが経験する感情で抑うつ気分とも言います。うつ状態とは、抑うつ気分、悲観的な考え、何をするのも億劫(おっくう)になるなど精神全体が落ち込んでいる状態で、躁(そう)うつ病や慢性身体疾患、深刻な悩みや強いストレスなどで生じます。
うつ病は、うつ状態が最低2週間以上続きその間に楽しいことがあっても、気持ちが晴れて楽しく、意欲がわいてくるというような日がありません。また生きていても仕方がないなどと考えてしまいます。そして不眠、食欲低下、性欲低下、頭痛、疲労、全身の倦怠(けんたい)感などの身体症状を生じます。そのため日常生活や社会生活に支障をきたします。次回は「笑いはうつを防ぐ」について。(大阪市立大大学院医学研究科教授・神経精神医学、切池信夫)
毎日新聞 2007年4月7日 大阪朝刊
2008/02/22/
22:12 うつ病 /
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2008/02/22/
12:25 音楽 /
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2008/02/22/
09:49 音楽 /
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2008/02/22/
09:01 音楽 /
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2008/02/22/
08:56 音楽 /
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2008/02/22/
08:54 音楽 /
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2008/02/22/
08:48 音楽 /
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2008/02/22/
08:45 音楽 /
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わずか数日の間に,アンがこれといった理由もなく長距離電話をかけてきたのは,それが3回目でした。母親のケイには,娘の声に生気がないように感じられました。「まるでうつ病患者の声でした。娘は一言も愚痴は言わなかったのですが,その声の調子は,『わたしには助けが必要なの!』と声高に叫んでいました」と,ケイは説明しています。問題を感じ取ったケイの心は騒ぎました。
ケイの回想は続きます。「じゃあ,明日そちらに行くからね,と言うとアンは泣き出し,『いいわよ』と,一言ぼそっと言って電話を切りました」。アンのところに行った母親は,アンが,わたしには希望が全くない,わたしは全く価値のない人間だと思うと友達に漏らしていたのを知って,愕然としました。アンは自殺についてさえ真剣になって話していたというのです。それでも,ケイが五日間滞在して差し伸べた支えは,娘が立ち直るための助けとなりました。それが転機となったのです。母親は,「この時に,話を聴いてやらなければいけないという教訓を学びました。娘が困り果てていた時に助けを与えなかったなら,娘は自殺したかもしれず,私たちは悲痛な思いをすることになったでしょう」と回顧しています。
重度のうつ病にかかっている人にとって,他の人からの助けは生死を分けるものとなる場合が少なくありません。あなたなら,ケイのように気を配ったでしょうか。世界中で毎年1億人の人が重度のうつ病にかかるので,確率からすると,あなたの友人や親族の中にもその病気に冒されている人がいるかもしれません。しかし,重度のうつ病患者を助けることはいら立ちの原因となる場合があります。
レオナルド・カンマー博士は自著「うつ病からはい上がる」の中で,うつ病の息子を持って途方に暮れていた一人の母親について述べています。母と子は博士に相談に来たのですが,その際に母親は,「この子は少しも親のそばにいなくて,親などいないかのように振る舞うのです。わたしたちがこの子を愛していることくらい,この子にも分かっています。どうしてこの子は親を苦しめるんでしょう。わたしは人には言えないような経験をしてきたんです」と,泣き言を言いました。カンマー博士はこう述べています。「母親が,息子の経験してきた苦しみを知りさえすればよいのである。……うつ病の人は,自分は家族の重荷になっていると感じるが,自分自身にとっても重荷なのだ。自分の状態が快方へ向かう見込みがなく,そういう自分の状態を恥ずかしく思っているからである。したがって,さらに遠くへ離れてゆくことが当人の唯一の手段となる」。母親にこまやかな神経が欠けていたため,状態が悪化したのです。ですから,助けを与える上で第一に肝要なのは次の点です。
感情移入,もしくは「思いやり」は,他の人の立場に身を置いてその人の気持ちになろうとすることです。(ペテロ第一 3:8)うつ病の人は実際に苦しみを味わっているということを理解してください。当人の憂うつな気持ちは現実のものであり,そのふりをしているのではないのです。使徒パウロは,「泣く人たちと共に泣きなさい」と助言しました。(ローマ 12:15)言い換えれば,うつ病になっている人が味わっている苦しみを理解するよう努めることです。
うつ病の人がどう感じているかを正確に知ることは不可能ですが,知りたいという気持ちを示し,純粋な関心を表わすことはできます。話をするよう相手に仕向け,相手が勇気を出して自分自身の気持ちを言い表わすときには,相手の身になり,その目を通して事情を理解するようにします。『そんなふうに考えるべきではない』とか,『そういう態度は間違っている』というような批判的な言葉は避けましょう。うつ病の人の感情は特にもろく,そのような批判的な言葉を耳にしただけでも,本人は自分のことを悪く考えるようになり,大抵の場合は自尊心を失ってしまいます。
自尊心を取り戻させるには,その人の理性に訴えなければなりません。本人が自分を低く評価しているのは間違いであることを理解するよう,ごく優しく助けてください。しかし,あなたは“偉い”と言って,心を鼓舞する話をするだけでは答えになりません。箴言 25章20節は,「寒い日に衣を脱ぐ者は,アルカリに注がれた酢のようであり,憂うつな心に向かって歌をうたう歌うたいのようだ」と述べています。そのような思慮の欠けた努力は,自分には価値がないと感じている理由を扱わないので,うつ病の人は感情的に冷え冷えとした,いら立たしい気持ちを味わうだけです。
例えば,うつ病の人は,『わたしは,全然良いところがない,全く価値のない人間だと思う』と言うかもしれません。あなたは,挑戦的な方法は避けながら,『どうしてそのように感じるのか,教えてくださいませんか』と尋ねることができます。相手が説明し始めたなら,注意深く聴いてください。そのようによく注意を払えば,相手は自分の言っていることには価値があるという確信を抱くようになります。相手が口を開いたなら,憂うつな気持ちを起こさせる考え方を見極め,それを正すよう相手を助けるための質問をさらに行なえるでしょう。
叱りつける調子ではなく,相手に考えさせるようにする方法の一つとして,簡潔で直接的な質問をしてください。(13ページの囲み記事をご覧ください。)相手が自分の問題を大きくするようなことをしているのが分かったなら,非難がましい調子は避けつつ,『あなたがこれまでしてきたことは,自分のためになると思う? 何か別のことをする必要があるかしら』と,親切に尋ねることができます。相手に幾つかの案を出させれば,本人の自信をある程度回復させることができます。
うつ病の人は自分の良い特質すべてを無視する傾向があります。ですから,相手の注意を当人の長所と可能性に集中させてください。その女性は植物をうまく育てるこつを知っているかもしれず,お料理上手かもしれません。その男性は,子供たちを幸福で安定した状態に育てあげているかもしれません。うつ病の人たちが成功を収めてきた分野を探し,そこに注意を向けさせます。後で復習するために,そうした事柄を幾つか書き留めてもらうこともできます。それは,その人が自分の能力を用いてあなたを援助するときにも役立ちます。
例えば,腕の立つお針子だったマリアは,重度のうつ病になりました。その友人の一人が,「生地と型を選ぶのを手伝ってくださらない ?スーツを作りたいの」と尋ねました。マリアはその友達に,わたしが作ってあげる,と言いました。友人は「あら,作ってくださるの」と答えました。後にその人はそのスーツのことでマリアに温かい感謝の言葉を述べ,その服に対するすべてのほめ言葉を手紙で伝えました。マリアは,「そのおかげで自信が強まり,毎日が明るくなりました。後で分かったことですが,その友人もうつ病の経験があり,この仕事が大きな助けになることを知っていたのです。そのとおりでした。彼女はわたしがしてあげた以上のことをわたしにしてくれました」と述べました。
ですから,能力と状況の範囲内にある幾つかの短期的で具体的な目標を持つよう,うつ病の人を助けましょう。簡単な家事や手芸も目標になるでしょうし,有益な言葉さえ目標に含まれるかもしれません。重度のうつ病にかかった人が述べているとおりです。「わたしは毎日,自分の家族や友達に,建設的なことを何か話すよう努めています」。そうした小さな目標を達成する時,自尊心は培われてゆきます。
重度のうつ病になってしまった配偶者を持つ人の多くは最初,配偶者の気分が落ち込んだ責任の一端は自分にある,と考えます。そのために罪悪感が生じ,それからあつれきが生まれます。しかし,うつ病は必ずしも,結婚生活がうまくいっていないことを示すしるしではありません。
ミルナ・バイスマンとユージン・ペイケルは,うつ病の女性40人の生活を研究した後,共著「うつ病の女性」の中で,「うつ病の女性全部が,病気にかかる前に不幸な結婚をしたわけではない。うつ病にかかる前に,自由に難なく対話が行なえ,互いの必要に対して細かな配慮が払われていた……結婚生活は幾らもあった。夫婦の関係をひどく緊張させたのはこの病気である」と結論しました。―下線は本誌。
しかし,必ずしもうつ病を引き起こすわけではなくても,配偶者との関係が緊張したり,疎遠であったりすると,うつ病がはるかに生じやすくなる状況の作り出されることはあります。うつ病の幾つかの誘因は15ページの囲み記事の中に列挙されています。うつ病で自殺を企てた妻の夫はこう語りました。「妻の感情的,霊的な必要を見守ることについて,私は真剣に考えませんでした。私にとって彼女は妻というより,ルームメイトでした。私は他の人々を助けることに忙しすぎて,妻が望んでいた,また必要としていた励ましを与えることや,温かく包んでやることをしませんでした。私は妻と過ごし,生活を妻と共にすると同時に,対話の面で努力すべきだったのです」。あなたの家庭にも,改善が必要と思える分野がありますか。しかし,ほかに何が配偶者の助けになるでしょうか。
□ 忍耐,忍耐,忍耐! うつ病の人は感情的に苦しくなって配偶者を厳しく責めるかもしれません。重症うつ病にかかったビクトリアはこのように告白しました。「私は自分を憎み,惨めな気持ちになりました。夫と子供たちは私を押し入れに閉じ込めたがり,その鍵を捨ててしまうだろうと私は信じて疑いませんでした。ところが私は,『みんなお母さんを愛しているんだ。本気じゃないっていうことくらい,分かっているよ』とか,『お母さんは疲れているだけなんだ』という言葉を何百回となく耳にしました」。そうです,人は心にもないことを何度も言うということを理解してください。信仰の人であったヨブでさえ,苦しみのために「わたしの言葉は乱暴な話だった」と告白しました。(ヨブ 6:3)洞察力を働かせ,自分が標的になっているのでないことを知れば,温和で親切な答えをもって応じることができるでしょう。そのような答えは大抵,危機的な状況を切り抜けさせるものとなるのです。(箴言 15:1; 19:11)配偶者が一晩でよくなることを期待してはなりません。
□ 霊的・感情的な支えを与えること。うつ病になった多くの人は,エホバの証人の集会が,耐え忍ぶための霊的な励みを与えることに気づいています。(ヘブライ 10:25)しかし,憂うつな期間が1年半も続いたイレーヌは,「集会前のある夕方のこと,私はみんなに会うことを考えると耐えられなくなり,泣き出してしまいました」と述べ,こう付け加えました。「でも,主人は私を励ましてくれました。そして祈りをささげてから家族で出かけました。集会中は涙をこらえなければなりませんでしたが,集会に行けるよう力を与えてくださったことをエホバ神に深く感謝しました」。
うつ病になった人は,霊的な助けに加えて,自分は配偶者の感情的な支えを得ているという自信を必要とします。イレーヌは夫がどのようにそうしてくれたかを,このように話しました。「家では子供たちが寝たあと,夫と二人でよく話をしました。私は時々1時間近く泣き続けました。夫が理解ある態度で支えてくれたことは大きな助けになりました。私と一緒に祈ってくれ,私の話を聴いてくれ,肩にもたれて泣くのを許してくれました。その時々に必要なことは何でもしてくれました」。クリスチャンは自分の配偶者を喜ばせることに関心があるので,うつ病の人には,あなたはきちんとそうしているという激励を頻繁に与えてください。―コリント第一 7:33,34。
□ 実際的な助けを与えてください。うつ病になった妻は,突然,家の雑用や子供たちの世話に押しつぶされるように感じ始めるかもしれません。夫(それに子供たち)は掃除や料理の手伝いができます。圧力が増えることになるので,何をしたらよいか当人に尋ねるのは避けるようにしましょう。重度のうつ病になった母親のエリザベスは,「そのころ,夫のボブは,だれかがわたしの前に重荷となるものを置くのを許しませんでした。ボブは盾のようでした。ですから私は,病気を治すことだけに専念すればよかったのです」と述べ,こう付け加えました。「医師は薬を処方し,毎日運動するようにとも言ってくれました。ボブは医師の指示に従うようわたしを励ましてくれました。それで毎日歩きました」。よく計画した上で,うつ病の人と外出するのも,助けになります。ここに挙げた事柄に関しては,夫の強力な率先が必要です。
箴言 17章17節は,「真の友はどんな時にも愛しつづけるものであり,苦難のときのために生まれた兄弟である」と述べています。友情の純粋さはうつ病などの苦難の時に明らかになります。では,友人はどのようにして助けになれますか。
マリアはこのように言いました。「私がうつ病になった時,一人の友人が数回手紙を書いてくださり,その中には必ず励みとなる聖句が含まれていました。私は手紙を何度も繰り返し読んでは泣きました。私にとって,そういう手紙は金のようでした」。励みを与える手紙やカード,それに電話などは大いに感謝されます。心のこもった訪問も助けになります。エリザベスは,「だれも来てくださらないと,わたしたちは独りぼっちなのだという考えが強くなります。だれかと一緒に祈ったり,何か築き上げる経験を語ったりするだけでなく,食事を作ったり,それを家族で持って行ったりするのです。一人の友人は,私のために小さながらくた箱を作ってくれました。一つ一つの包みを開けるたびに,とてもうれしい驚きを感じました」と,付け加えています。
もちろん,うつ病の人のために使い走りや家事を行なう際には,分別を働かせましょう。相手の言うことを聴いてください。本人が望んでいないのに,何かをするよう言い張ってはなりません。自分がすべき仕事を別の人がしているのを知って,罪悪感が強まることもあるのです。うつ病の人は,その仕事をしないでおくほうを好むかもしれません。
エホバの証人の会衆にいる長老たち,つまり霊的な牧者も,非常に貴重な助けを与えてきました。イレーヌはこのように説明しています。「私は自分の問題について,二人の長老と話をしました。(夫も,私を支えるため一緒にいました。)これは大きな一歩でしたし,私にとってとても強力な助けとなりました。長老たちは本当に気遣ってくださることが分かりました」。長老たちは注意深く話を聴き,良い準備を行なうことによって,「憂いに沈んだ魂に慰めのことばをかけ(る)」ことができるでしょう。 ―テサロニケ第一 5:14。箴言 12:18。
専門家の助けを求めるべき時を知っておくのは肝要なことです。実際,それは命を救うことがあるのです! 病状が重くなって,必要とされる専門的な治療をうつ病の人に受けさせる取り決めを設けなければならない時があります。うつ病の人が決定するのを当てにしてはなりません。多くの場合,当人のために必要な約束などを取りつけることが必要です。『あなたの病気がそんなに重くないことは確かだけど,みんなの気持ちをすっきりさせるために検査をしなくてはならないわ。わたしはあなたをとても愛しているけれど,わたしは医者ではないの』と言って,相手を元気づけてください。親切に,しかし毅然とした態度でそうします。
友人や配偶者がうつ病を克服するのを助けるのは容易な仕事ではありませんが,ねばり強い努力は命を救うことができます。気遣いを示せば,しばしば異なった結果が生じるものです。例えば,マーガレットはひどく沈み込んでしまった時,自分はもう降参したい,死にたい,と夫に言いました。夫は温かく,「君が降参しないよう,僕が助けてあげるよ」と言いました。マーガレットは夫の気遣いを知って圧倒され,「その時,私は耐えてゆけることを知りました」と,説明しています。この女性は実際に耐え,最後にはうつ病を克服しました。
[脚注]
今年の10月22日号にある「うつ病との闘いに勝って」という記事をご覧ください。
姉妹誌の「ものみの塔」,1982年9月1日号の「教えを受けた舌は,『うみ疲れた者を励ます』」という記事をご覧ください。
[13ページの囲み記事]
自尊心を培うような仕方でものを考える
ある女性は,夫の不貞によって結婚生活が破壊され,うつ病になって自殺を企てました。この人は後に熟練したカウンセラーに,「レイモンドがいないとわたしはだめ。……わたし,レイモンドがいないと幸せになれないわ」と打ち明けました。
そのカウンセラーは,「レイモンドと一緒にいたころは,幸せでしたか」と尋ねました。「いいえ,けんかばかりしていましたし,気分が悪くなりました」という答えです。カウンセラーは続けて,「あなたは,レイモンドがいないとわたしはだめ,と言っておられますね。レイモンドと会う前に,自分はだめだと思っていましたか」と言いました。
うつ病のその女性は思わず,「いいえ,自分はひとかどの人間だと思っていました」と,言いました。それでカウンセラーは,「もしあなたがレイモンドを知る前,ひとかどの人間であったのなら,今ひとかどの人間になるためにどうして彼が必要なのですか」と答えました。アロン・ベック博士は自著「認知療法と感情障害」の中でこの症例について論じ,こう述べました。「その後のインタビューでこの女性は,本当になるほどと感じたのは,レイモンドを知る前には幸福な生活を送り,まあまあの人間だった自分が,どうしてレイモンドがいないと“だめ”になるかという点だった,と述べている」。この女性はうつ病を克服しました。
[15ページの囲み記事]
あなたの家庭環境はうつ病の原因になりますか
□ 『どうして君はもっとよい妻になれないんだ』,『あなたの人柄に関係なく,わたしはあなたを愛しているの』,『どうして君はいつもそんなに軽率なんだ』といった類の無思慮な言葉で,自尊心を傷付けていますか。
□ 事実のいかんにかかわりなく,配偶者に責任を感じさせることにより,罪悪感を喚起することが幾度もありますか。
□ 感情を自由に表わすことを抑えるような雰囲気が家庭内にあって,そのような感情を示すのはみな弱虫であるとみなされていますか。
□ 自分は配偶者の期待にそえる,完全に近い人間でなければならないと感じさせられていますか。
□ 自由で直接的な対話が妨げられていますか。
[16ページの図版]
うつ病になったある人は,『友人からの手紙は金のようでした』と述べた
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2008/02/22/
05:32 うつ病 /
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相変わらず外に出れませんが 神の創造物から エホバの特質を感じていけたらいいなと思います。 人間はこん何もたくさんの色を見分けられなくても 生きていけるのに エホバは優しいですね。
人間がこの地球を心から楽しみ 神を賛美できるように作ってくださいました。 今は冬季うつ病もひどく 家族がばらばらになって それぞれの生活を始めたばかりなので 何もできていない自分が悲しくさえなりますが エホバはいつもそばにいてくださるんですよね。 前のように病的に寂しくないだけでも 気が楽かな?
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2008/02/22/
04:50 日記 /
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自分は生きるのに、あたいする人間です。 自分は、自分のままでいいのです。 自分は愛するに、あたいする人間です。 自分は、自分の居所をつくっていいのです。 自分を、うんと好きになります。
依存、共依存、相互依存について学びましょう。
依存は、弱いものが強いものに頼ることです。子どもは大人に依存せざるをえません。大人になってもこれが抜けきれない場合があります。依存心が強いと、一人ではものごとができず、いつも他人におんぶして暮らそうとします。当然、独立心は育たず、誰かがいないと不安におののいて過ごすことになります。
依存症とは、人間関係、アルコール・薬物、そのほかの物または行動パターンに依存し、それが習慣となり、のめりこんで、やめられなくなった状態のことを言います。このような人は自分の責任をとりません。
共依存の人は、依存症の人の周囲によくいる人たちで、依存症の人の世話をし、代わりに責任をとってしまい、その人をコントロールしようとします。その結果、依存症の人をますます無責任にして、むしろ依存症をうながしてしまい、自分自身の生活もみじめなものにしてしまいます。
相互依存は、健全な人間関係にみられるもので、通常は独立心に満ちています。しかし、あるときは自分が相手に依存し、またあるときは相手が自分に頼るというような柔軟性に富み、お互いに助けあっていきます。
自分の行動を調べ、相互依存ができるように努力をしましょう。
3人家族がばらばらになって 自分の問題がはっきり見えるよね。 部屋は片付けられないし 食べたものは食べっぱなし ああ、今日から俺はじゃないけど 今日からはじめよう。 少しずつでもいい。 時間をとって片付ける習慣を身に着けていこう。
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2008/02/22/
04:23 未分類 /
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「あなた方は……地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」。(使徒 1:8)イエスはこの別れの言葉により,弟子たちに証人となる任務をお与えになりました。しかし,だれの証人となるのでしょうか。「わたしの証人」とイエスは言われました。この言葉は,彼らがエホバの証人にはならないという意味だったのでしょうか。決してそうではありません。
実際のところ,イエスの弟子たちには,エホバとイエスお二方の証人になるという類例のない特権が与えられました。イエスの初期の弟子たちは忠実なユダヤ人として既にエホバの証人でした。(イザヤ 43:10‐12)しかし,今や彼らは,メシアによる神の王国によってエホバのみ名を神聖なものとするイエスの肝要な役割についても証言することになりました。彼らがそのようにイエスについて証しするのはエホバの栄光のためでした。(ローマ 16:25‐27。フィリピ 2:9‐11)彼らは,エホバが偽らなかったことと,4,000年以上を経てついに待望のメシアつまりキリストを立てられたことについて証言しました。
さらに,1世紀のエホバのクリスチャン証人には特異な責任が与えられていました。それは今日の真のクリスチャンにも課されている責任です。
死人の中からの復活の後,イエスはガリラヤの山に集まっていた弟子たちに現われました。その場所でイエスは弟子たちの責任の概略を述べ,こう言われました。「それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,父と子と聖霊との名において彼らにバプテスマを施し,わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。そして,見よ,わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるのです」。(マタイ 28:19,20)この重大な任務に関係していた事柄について考えてみましょう。
「行って」とイエスは言われました。しかし,だれのところへ行くのでしょうか。「すべての国の人々」のところへ行くのです。これは新しい命令であり,ユダヤ人の信者にとっては特に大変なことでした。(使徒 10:9‐16,28と比較してください。)イエスより前の時代,異邦人が迎え入れられたのは,真の崇拝に対する関心ゆえに自分のほうからイスラエルに来た場合でした。(列王第一 8:41‐43)イエスは宣教の比較的初期に,「行って……宣べ伝えなさい」と使徒たちにお命じになりましたが,その対象は「イスラエルの家の失われた羊」に限られていました。(マタイ 10:1,6,7)今や,使徒たちはすべての国の人々のところへ行くよう命じられたのです。それにはどんな目的がありましたか。
『弟子としなさい』とイエスはお命じになりました。そうです,イエスの弟子たちは他の人を弟子とする任務を与えられたのです。それにはどんなことが含まれていましたか。弟子とは学ぶ者,教えを受ける者のことです。しかし,単なる生徒ではなく,信奉者でもあります。弟子はイエスの権威を受け入れますが,イエスを信じることによってただひそかにそうするのではなく,イエスに従うことによって公にそうします。新約聖書神学辞典は,「弟子」と訳されているギリシャ語(マテーテース)は「[弟子]と呼ばれている人の生活全体を形作る個人的な愛着が存在することを示唆する」と述べています。
イエスはそれから,「わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい」と言われました。ある人がイエスに対する個人的な愛着を培うには,『王国の良いたより』を宣べ伝えるようにという命令を含む,キリストが命令した「事柄すべてを守り行なう」ように教えられる必要があります。(マタイ 24:14)そのようにして初めて,その人は弟子という語が持つ真の意味において弟子となることができるのです。そして,教えを受け入れて真の弟子となった人だけがバプテスマを受けます。
イエスは,「わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるのです」と保証なさいました。イエスの教えはどの時代においても適切であり,決して時代後れになりません。それゆえ,まさに今日に至るまで,クリスチャンには他の人を弟子とする責務があるのです。
こうしてキリストの追随者たちには,弟子を作る業をすべての国民の中で行なうという,責任の重い任務が与えられました。しかしキリストの弟子を作るには,エホバのみ名と王国に関して証言する必要がありました。模範であるイエスがそうなさったからです。(ルカ 4:43。ヨハネ 17:26)それで,キリストの教えを受け入れて弟子となった人たちはエホバのクリスチャン証人となりました。エホバの証人となることは,もはや生まれの問題,つまりユダヤ国民の一員として生まれたかどうかという問題ではなく,選択の問題となりました。人々は,エホバを愛し,主権者としてのエホバの支配に服したいと心から願うがゆえに,証人となりました。―ヨハネ第一 5:3。
しかし,1世紀のエホバのクリスチャン証人は,神とキリストの証人として仕え『すべての国の人々を弟子とする』という任務を果たしたでしょうか。
イエスは弟子たちに任務を与えたすぐ後に,天のみ父の住まいに戻られました。(使徒 1:9‐11)それから十日後,西暦33年のペンテコステの日に,広範にわたる弟子を作る業が始まりました。イエスは,待っていた弟子たちの上に約束の聖霊を注ぎ出されました。(使徒 2:1‐4。ルカ 24:49,および使徒 1:4,5と比較してください。)このことにより弟子たちは,復活させられたキリストについて,またキリストが将来,王国の権能を伴って戻られることについて宣べ伝えるための熱意に満たされました。
それら1世紀の弟子たちは,イエスの指示に忠実に従い,まさにそのエルサレムで神とキリストについて証言し始めました。(使徒 1:8)使徒ペテロはペンテコステの祭りの日に先頭に立ち,多くの国から来た大勢のユダヤ人に「徹底的な証しをし(ました)」。(使徒 2:5‐11,40)間もなく,信者の数は男性だけでおよそ5,000人になりました。(使徒 4:4; 6:7)後に,フィリポはサマリア人に「神の王国とイエス・キリストの名についての良いたより」を宣明しました。―使徒 8:12。
しかし,それよりずっと多くのなすべき業がありました。無割礼の異邦人であるコルネリオが西暦36年に改宗したのを皮切りに,良いたよりはすべての国の非ユダヤ人に広まり始めました。(使徒 10章)実際,良いたよりは非常に速く広まったので,西暦60年ごろの時点で使徒パウロは,良いたよりが「天下の全創造物の中で宣べ伝えられた」と言うことができました。(コロサイ 1:23)こうして1世紀の終わりの時点で,イエスの忠実な追随者たちはアジア,ヨーロッパ,アフリカのローマ帝国全域で弟子を作っていました。
1世紀のエホバのクリスチャン証人がこれほどの短期間にこれほど多くの事柄を成し遂げたため,次のような質問が生じます。彼らは組織されていたのでしょうか。もしそうであるなら,どのように組織されていたのでしょうか。
モーセの時代以来,ユダヤ国民は,神の会衆としての役割を果たすという特異な立場にありました。その会衆は年長者や頭や裁き人やつかさたちのもとで,神により高度に組織化されていました。(ヨシュア 23:1,2)しかし,ユダヤ国民はエホバのみ子を退けたため,特権的な立場を失いました。(マタイ 21:42,43; 23:37,38。使徒 4:24‐28)西暦33年のペンテコステの日には,神のクリスチャン会衆がイスラエルの会衆に取って代わりました。 このクリスチャン会衆はどのように組織されていたのでしょうか。
既にペンテコステの日に,弟子たちは『使徒たちの教えに専念して』おり,当初から教えに基づいて一致していることを示していました。その最初の日から,「思いを一つにして」集まり合っていたのです。(使徒 2:42,46)弟子を作る業が広がるにつれ,信者たちの会衆がまずエルサレムに,そしてエルサレム以外にも形成され始めました。(使徒 8:1; 9:31; 11:19‐21; 14:21‐23)彼らは公の場所や個人の家で集まり合うことを習慣としていました。―使徒 19:8,9。ローマ 16:3,5。コロサイ 4:15。
クリスチャン会衆が拡大しても,各地の独立した諸会衆が全体としてのまとまりを失ってゆくという事態にならなかったのはなぜですか。諸会衆はひとりの指導者のもとに一致していたのです。最初から,イエス・キリストは会衆の任命された主また頭であられ,すべての会衆からそのような方として認められていました。(使徒 2:34‐36。エフェソス 1:22)キリストは天からご自分の地上の会衆の物事を積極的に導かれました。どのようにですか。エホバから委ねられた聖霊とみ使いを用いることによってです。―使徒 2:33。使徒 5:19,20; 8:26; ペテロ第一 3:22と比較してください。
ほかにも,クリスチャン会衆の一致を維持するためにキリストに委ねられたものがありました。それは目に見える統治体です。当初,統治体はイエスの忠実な使徒たちで構成されていました。後に統治体には,エルサレム会衆の他の年長者たち,そしてエルサレムに住んでいなかったとはいえ,使徒パウロも含まれていました。各会衆はこの年長者たちから成る中心的な機関の権威を認め,組織上の問題や教理上の問題が生じた場合にはその指導に頼りました。(使徒 2:42; 6:1‐6; 8:14‐17; 11:22; 15:1‐31)それはどんな結果になりましたか。「こうしてまさに,諸会衆は信仰において堅くされ,日ごとに人数を増していった」のです。―使徒 16:4,5。
統治体は聖霊の導きのもとに,各会衆の世話をする監督および補佐となる奉仕の僕の任命を監督しました。それらの人々は,単に地元で定められた規準ではなく,全会衆に適用される霊的な資格にかなう男子でした。(テモテ第一 3:1‐13。テトス 1:5‐9。ペテロ第一 5:1‐3)監督たちには,聖書に従い,聖霊の導きに服することが求められました。(使徒 20:28。テトス 1:9)会衆内のすべての人は,『指導の任に当たっている人たちに従う』よう励まされました。(ヘブライ 13:17)こうして,各々の会衆内だけでなく,クリスチャン会衆全体においても一致が保たれたのです。
責任ある立場に就く男子がいたとはいえ,1世紀のエホバのクリスチャン証人の間には僧職者と平信徒の区別はありませんでした。皆が兄弟であり,指導者はキリストひとりだけでした。―マタイ 23:8,10。
1世紀のエホバの証人の証言は,「唇の実」に限られてはいませんでした。(ヘブライ 13:15)弟子であることはクリスチャン証人の生活全体を形作っていました。ですから,それらのクリスチャンは自分たちの信条をふれ告げただけでなく,信条によって自らの生活を変化させたのです。彼らは古い人格をその罪深い習わしと共に脱ぎ捨て,神のご意志にしたがって創造された新しい人格を身に着けようと努めました。(コロサイ 3:5‐10)彼らは真実を語る正直な人々であると同時に,骨折って働く信頼できる人々でした。(エフェソス 4:25,28)また,道徳的に清い人々でした。性的不道徳は厳しく禁じられており,酩酊や偶像礼拝も同様に禁じられていました。(ガラテア 5:19‐21)ですから,キリスト教が「この道」,つまりイエスに対する信仰を中心とし,イエスの足跡にしっかりと従う生き方,またはそのように生きる道として知られるようになったのは,もっともなことでした。―使徒 9:1,2。ペテロ第一2:21,22。
しかし,一つの特質がとりわけ際立っています。それは愛です。初期クリスチャンは仲間の信者の必要に対する愛ある関心を実証しました。(ローマ 15:26。ガラテア 2:10)彼らは互いを,自分のようにではなく,自分以上に愛しました。(フィリピ 2:25‐30と比較してください。)互いのために死ぬことさえいといませんでした。しかし,これは驚くには当たりません。イエスは彼らのために進んで死なれたのではないでしょうか。(ヨハネ 15:13。ルカ 6:40と比較してください。)イエスは弟子たちにこう言うことができました。「わたしはあなた方に新しいおきてを与えます。それは,あなた方が互いに愛し合うことです。つまり,わたしがあなた方を愛したとおりに,あなた方も互いを愛することです。あなた方の間に愛があれば,それによってすべての人は,あなた方がわたしの弟子であることを知るのです」。(ヨハネ 13:34,35)キリストは追随者たちに,そのような自己犠牲的な愛を示すよう命令されました。そして,1世紀の弟子たちはその命令をしっかりと守り行ないました。―マタイ 28:20。
弟子を作るという責任を果たし,神とキリストの証人となるため,1世紀のクリスチャンは世の事柄によって気が散らされるのを許してはなりませんでした。常に自分の任務にきちんと焦点を合わせておく必要があったのです。イエスは確かにそうなさり,ピラトに,「わたしの王国はこの世のものではありません」と言われました。(ヨハネ 18:36)弟子たちに対しても,『あなた方は世のものではありません』とはっきり言われました。(ヨハネ 15:19)それで,初期クリスチャンはイエスのように常に世から離れており,政治や戦争に関与しませんでした。(ヨハネ 6:15と比較してください。)また,世の道―物質的な事柄をしきりに追い求めることや快楽にふけること―にとらわれることもありませんでした。―ルカ 12:29‐31。ローマ 12:2。ペテロ第一 4:3,4。
1世紀のクリスチャン証人は常に世から離れていたので,他とは異なる人々でした。歴史家のE・G・ハーディーは自著「キリスト教とローマ政府」の中でこう述べています。「クリスチャンは周囲の世にあってよそ者であり,巡礼者だった。彼らの市民権は天にあり,彼らが頼る王国はこの世のものではなかった。こうして最初から,公務に対する必然的な無関心がキリスト教の顕著な特徴となった」。
イエスは,「奴隷はその主人より偉くは(ありません)。彼らがわたしを迫害したのであれば,あなた方をも迫害するでしょう」と警告されました。(ヨハネ 15:20)イエスは苦しみの杭の上で亡くなる前に厳しい迫害を経験されました。(マタイ 26:67; 27:26‐31,38‐44)そして,イエスの警告どおり,間もなく弟子たちも同様の仕打ちを経験しました。(マタイ 10:22,23)しかし,それはなぜだったのでしょうか。
初期クリスチャンが他の人たちから注目されるようになるのに長い時間はかかりませんでした。クリスチャンは道徳と忠誠に関する高度な原則をわきまえた人々でした。彼らは熱意を抱いて臆することなく話し,弟子を作る業を遂行しました。その結果,文字どおり何千人もの人々が偽りの宗教の体制を捨て,クリスチャンになりました。それらの人々は世の事柄にかかわることを拒み,皇帝崇拝に加わろうとしませんでした。ですから,彼らがすぐに,偽りの宗教の指導者や誤った情報を得た政治支配者たちの扇動するひどい迫害の的となったとしても驚くには当たりません。(使徒 12:1‐5; 13:45,50; 14:1‐7; 16:19‐24)しかし,これらの迫害者たちは,本当の迫害者,つまり「初めからの蛇」であるサタンの代理人にすぎませんでした。(啓示 12:9。啓示 12:12,17と比較してください。)サタンの目的は何でしたか。それはキリスト教とその大胆な証言を抑圧することでした。
しかし,どれほど迫害しようとも,1世紀のエホバのクリスチャン証人の口を封じることはできませんでした。彼らは,宣べ伝える任務をキリストを通して神から受けており,人間より神に従うことを決意していました。(使徒 4:19,20,29; 5:27‐32)彼らはエホバが忠節な証人たちの忍耐に報いてくださることを確信し,エホバの力に頼りました。―マタイ 5:10。ローマ 8:35‐39; 15:5。
歴史は,ローマ帝国当局者による迫害が初期のエホバのクリスチャン証人を根絶できなかったことを確証しています。西暦1世紀のユダヤ人の歴史家ヨセフスは,「[イエスに]ちなんで呼ばれたクリスチャンという種族は今日[西暦93年ごろ]でも消滅してはいない」と述べています。―「ユダヤ古代誌」,XVIII,64(iii,3)。
それで,1世紀のエホバのクリスチャン証人の証言に関する記録は,次のようなはっきりと見分けのつく幾つかの特徴を明らかにしています。神とキリストについて証言し,弟子を作る業を行なうという任務を大胆かつ熱心に果たした。組織化された機構を有しており,その中では全員が兄弟であり,僧職者と平信徒の区別はなかった。道徳に関する高度な原則を守り,互いに愛し合っていた。常に世の道や世の事柄から離れていた。義のために迫害された。
ところが1世紀の終わりまでには,一致したクリスチャン会衆に油断のならない重大な危険が迫っていたのです。
[脚注]
クリスチャン・ギリシャ語聖書において,「会衆」という語はクリスチャン会衆全般を指して集合的な意味で用いられることがあります。(コリント第一 12:28)また,どこかの都市やだれかの家にある地元のグループを指すこともあります。―使徒 8:1。ローマ 16:5。
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2008/02/22/
04:09 エホバの証人―神の王国をふれ告げる人 /
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30 ラケルは自分がヤコブに子をひとりも産んでいないことを知るようになった。そのときラケルは自分の姉をねたむようになり,ヤコブに対してこう言いだした。「わたしにも子供を与えてください。でなければわたしは死んだ女となってしまいます」。2 するとヤコブの怒りがラケルに対して燃え,こう言った。「わたしが神の地位にいるとでも言うのか。[神]が腹の実をお前から引きとどめてこられたのだ」。3 そこで彼女は言った,「ここにわたしの奴隷女ビルハがいます。それと関係を持ち,彼女がわたしのひざに子を産んで,このわたしも彼女によって子供を得られるようにしてください」。4 そう言って彼女は自分のはしためビルハを妻として与え,ヤコブはそれと関係を持った。5 こうしてビルハは妊娠し,やがてヤコブに男の子を産んだ。6 そのときラケルはこう言った。「神はわたしの裁き主となり,わたしの声を聴いてもくださいました。それでわたしに子を授けてくださったのです」。それゆえ彼女はその名をダンと呼んだ。7 そしてラケルのはしためビルハはもう一度妊娠し,やがてヤコブに二人目の男の子を産んだ。8 そのときラケルは言った,「わたしは大いに奮闘して自分の姉と闘い,その勝利者ともなったのです」。それで彼女はその名をナフタリと呼んだ。
9 レアは自分が子を産まなくなったのを知ると,自分のはしためジルパを取り,それをヤコブに妻として与えた。10 やがてレアのはしためジルパはヤコブに男の子を産んだ。11 そのときレアは,「幸運です!」と言った。それで彼女はその名をガドと呼んだ。12 その後レアのはしためジルパはヤコブに二人目の男の子を産んだ。13 そのときレアはこう言った。「幸せなことです! 娘たちはきっとわたしを幸せな者と言うのです」。それで彼女はその名をアシェルと呼んだ。
14 さて,小麦の収穫の時期に,ルベンは出かけて行き,野原でこいなすを見つけた。そこで彼はそれを自分の母レアのところに持って来た。するとラケルはレアに言った,「あなたの子のこいなすをどうぞわたしに少し譲ってください」。15 それを聞いて彼女は言った,「あなたはわたしの夫を取り,その上わたしの子のこいなすまで取ろうとする,これは小さな事でしょうか」。するとラケルは言った,「ですから,あなたの子のこいなすと引き換えにあの人は今夜あなたと寝るでしょう」。
16 夕方,ヤコブが野から戻って来たとき,レアは迎えに出て行ってこう言った。「あなたはわたしと関係を持つことになっています。わたしは息子のこいなすであなたを借りきってしまったのですから」。そこで彼はその夜彼女と寝た。17 そして神はレア[の願い]を聞いてそれに答え,彼女は妊娠し,やがてヤコブに五人目の男の子を産んだ。18 そのときレアは言った,「わたしが自分のはしためを夫に与えたので,神はわたしにその報酬を与えてくださった」。それで彼女はその名をイッサカルと呼んだ。19 それからレアはもう一度妊娠し,やがてヤコブに六人目の男の子を産んだ。20 そのときレアは言った,「神はこのわたしに良い賜物を授けてくださった。ついに夫はわたしに寛大にしてくれるでしょう。わたしはあの人に六人も男の子を産んだのですから」。こうして彼女はその名をゼブルンと呼んだ。21 そして後に彼女はひとりの娘を産み,その名をディナと呼んだ。
22 ついに神はラケルのことを思い起こされた。神は彼女[の願い]を聞いてそれに答え,その胎をお開きになった。23 それで彼女は妊娠して男の子を産んだ。そのとき彼女は言った,「神はわたしの辱めを取り去ってくださいました」。24 それで彼女はその名をヨセフと呼んで,「エホバはわたしにもうひとり男の子を加えてくださるのです」と言った。
25 そして,ラケルがヨセフを産むと,ヤコブはその後すぐラバンにこう言った。「わたしを去らせて,自分の所へ,自分の国に行かせてください。26 わたしの妻と子供たちを渡してください。その者たちのためにあなたのもとで仕えてきたのです。わたしが行けるようにしてください。わたしがあなたにした奉仕をあなた自身が知っておられるはずです」。27 するとラバンは言った,「もし今,わたしがあなたの目に好意を得ているのなら―あなたのゆえにエホバがわたしを祝福してくださっている兆しをわたしは見ているのだし」。28 そして彼は加えて言った,「あなたの望む報酬を明示してほしい。そうしたらわたしはそれを払おう」。29 すると[ヤコブ]は言った,「わたしがどのようにあなたに仕え,あなたの家畜の群れがわたしのもとでどのようになったかは,あなたご自身が知っておられるはずです。30 わたしの来る前あなたのところに実際にあったものはわずかでしたのに,それは拡大していってとても多くなったのです。わたしがここに足を踏み入れて以来エホバがあなたを祝福されたからです。それで今,いつになったらわたしは自分の家のためにも何がしかのことを行なえるのでしょうか」。
31 すると彼は言った,「あなたに何を上げたらよいだろう」。それでヤコブはさらに言った,「あなたは何も下さりはしないでしょう。ただもしこのことをしてくださるのでしたら,わたしは再びあなたの群れを牧します。これからもその番をしましょう。32 わたしは今日あなたの群れ全体の中を通ります。あなたはそこから,ぶちでまだらになったすべての羊,また若い雄羊のうちすべて暗褐色のものと,雌やぎのうちまだらでぶちになったものをみな別にしてください。それ以後は,そのようなものをわたしの報酬とするのです。33 そして,わたしの報酬を見定めるためあなたが将来いつの日に来られても,わたしの正しいやり方がわたしのための答えとなるはずです。雌やぎのうちぶちでなくまだらになっていないもの,また若い雄羊で暗褐色でないものがわたしのところにいれば,それはみな盗んだものということになります」。
34 するとラバンは言った,「よし,それが良い! あなたの言葉どおりにしよう」。35 こうしてその日,彼は,しまのあるまだらになった雄やぎと,ぶちでまだらになったすべての雌やぎ,若い雄羊のうちすべて白いところのあるものと暗褐色のものとを別にし,それを自分の息子たちの手に渡した。36 そののち自分とヤコブとの間を隔てて三日の道のりを置いた。ヤコブはラバンの家畜の群れで後に残ったものを牧するようになった。
37 それからヤコブは,そごうこう樹とアーモンドの木とすずかけの木のまだ水気のある棒を自分のために取り,その皮をむいて棒の白いところを出し,白く皮のむけた部分を作った。38 最後に彼は,自分が皮をむいた棒を群れの前,溝の中,つまり水の飲みおけの中に立てた。そこは群れが来て飲む所であり,飲みに来る際にその前で盛りが付くようにするためであった。
39 その結果,群れは棒の前で盛りが付き,群れはしまのあるもの,ぶちのもの,まだらのものを産み出すのであった。40 そしてヤコブは若い雄羊を取り分け,群れの顔を,ラバンの群れのうちしまのあるものおよびすべて暗褐色のものに向かわせた。そうして彼は自分の畜群だけを別にし,それをラバンの群れのそばには置かなかった。41 そして,強壮な群れに盛りが付くと,ヤコブはいつでも必ず棒を溝の中に,群れの目の前に置いて,それらがその棒によって盛りが付くようにするのであった。42 しかし,群れがひ弱であると,彼はそれをそこに置かないようにした。それでひ弱なものはいつもラバンのものとなり,強壮なものはヤコブのものとなった。
43 そしてこの人は[資産を]いよいよ増し加えてゆき,家畜の大きな群れと,はしため,下男,らくだ,ろばが彼のものとなった。
2008/02/22/
03:53 聖書 創世記 /
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29 その後ヤコブは足を進め,東洋人の地へと旅を続けた。2 さて,彼が見ると,そこの野にはひとつの井戸があり,三群れの羊がそこで[井戸]のかたわらに伏していた。人々はいつもその井戸から畜群に水をやっていたのである。そして,井戸の口には大きな石が置いてあった。3 すべての群れがそこに集まると,人々はその石を井戸の口から転がしのけて群れに水をやり,そののち井戸の口の元の場所にその石を戻すのであった。
4 それでヤコブは彼らに言った,「わたしの兄弟たち,皆さんはどこからおいでになったのですか」。すると彼らは言った,「わたしたちはハランから来ました」。5 そこで彼は言った,「皆さんは,ナホルの孫のラバンをご存じでしょうか」。すると言った,「知っていますとも」。6 それで彼は言った,「その人は元気にしていますか」。それに対し彼らは言った,「元気です。ちょうどその娘のラケルが羊と一緒にやって来るところです」。7 そこで彼はさらに言った,「まだ日は盛りではありませんか。群れを集める時間ではありません。羊に水をやって,あとは[草を]食べさせにお行きなさい」。8 すると彼らは言った,「わたしたちは,全部の群れが集まってみんなで井戸の口から石を転がしのけてからでなければ,そうすることを許されていません。そのようにして羊に水をやることになっています」。
9 彼がまだその人々と話しているうちに,ラケルが父の羊を連れてやって来た。彼女は羊飼いだったのである。10 そしてヤコブは自分の母の兄弟ラバンの娘ラケルと,母の兄弟ラバンの羊とを見たが,そのときヤコブはすぐさま近づいて行って井戸の口から石を転がしのけ,母の兄弟ラバンの羊に水をやるのであった。11 それからヤコブはラケルに口づけし,声を上げ,涙を流して泣いた。12 次いでヤコブは,自分がラケルの父の兄弟であり,リベカの子であることを彼女に話していった。それで彼女は走って行って父親に告げた。
13 さて,ラバンは自分の妹の子ヤコブについての知らせを聞くと,すぐに走って行ってそれを迎えるのであった。そうして彼を抱擁し,口づけし,自分の家の中へ連れて行った。それで彼はこれらのすべての事についてラバンに細かに話していった。14 するとラバンは彼に言った,「あなたはまさしくわたしの骨肉です」。それで彼はそのもとにまる一か月とどまった。
15 その後ラバンはヤコブに言った,「あなたはわたしの兄弟だということで,ただでわたしに仕えなければならないだろうか。言ってほしい,あなたの報酬はどうしたらよいだろう」。16 ところでラバンには二人の娘がいた。上のほうの名はレアといい,下のほうの名はラケルといった。17 しかし,レアの目には輝きがなかったのに対し,ラケルのほうは姿が美しく,顔だちも美しかった。18 そしてヤコブはラケルを愛していた。それで彼は言った,「あなたの下の娘ラケルのため,わたしは喜んであなたに七年仕えます」。19 するとラバンは言った,「わたしにとっては,あれをほかの男にやるよりあなたに与えるほうが良い。では,このままわたしのところにとどまりなさい」。20 こうしてヤコブはラケルのために七年間仕えたが,彼女に対する愛ゆえにそれは彼の目にほんの数日のようであった。
21 それからヤコブはラバンに言った,「わたしの妻を渡してください。わたしの日数は満ちたのです。彼女と関係を持たせてください」。22 そこでラバンはその場所のすべての人を集めて宴を催した。23 ところがその晩,彼は娘のレアを取り,それを[ヤコブ]のところに連れて来て,彼が[レア]と関係を持つようにしたのであった。24 さらにラバンは自分のはしためジルパを彼女に,すなわち娘レアにはしためとして与えた。25 それで,翌朝になってみると,そこにいたのはレアであった。そのため彼はラバンに言った,「あなたがわたしに対してしたこの事はどういうことなのですか。わたしは,ラケルのためにあなたのもとで仕えたのではありませんでしたか。それなのに,どうしてわたしをだましたりしたのですか」。26 するとラバンは言った,「そのようにして年下の女を長女より先にやることはわたしたちの所の習慣ではない。27 この女のための一週を十分に祝いなさい。その後,このもうひとりの女も,あなたがわたしのもとであと七年仕えるその奉仕に対して与えられるだろう」。28 そこでヤコブはそのとおりに行ない,その女のための一週を十分に祝った。その後[ラバン]は娘のラケルも彼に妻として与えた。29 加えてラバンは自分のはしためビルハを娘ラケルにそのはしためとして与えた。
30 こうして[ヤコブ]はラケルとも関係を持ち,しかもラケルに対してレアに対する以上の愛を示した。そして彼のもとでさらにあと七年仕えることにした。31 エホバはレアのほうがうとまれているのをご覧になってその胎をお開きになったが,ラケルのほうはうまずめであった。32 それでレアは妊娠して男の子を産み,その名をルベンと呼んだ。「エホバがわたしの惨めさを見てくださったので,いま夫はわたしを愛してくれるようになるから」と彼女は言うのであった。33 そして彼女は再び妊娠して男の子を産み,その後こう言った。「エホバは聴いてくださり,わたしがうとまれていたのでこの子をも与えてくださったのです」。それで彼女はその名をシメオンと呼んだ。34 そして彼女はまたも妊娠して男の子を産み,その後こう言った。「今度こそ夫はわたしと共になってくれるでしょう。わたしはあの人に三人も男の子を産んだのですから」。ゆえにその名はレビと呼ばれた。35 そして彼女はもう一度妊娠して男の子を産み,その後こう言った。「今わたしはエホバをたたえます」。ゆえに彼女はその名をユダと呼んだ。そののち彼女は子を産まなくなった。
2008/02/22/
03:51 聖書 創世記 /
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28 そのためイサクはヤコブを呼んで祝福し,彼に命じてこう言った。「あなたはカナンの娘たちの中から妻をめとってはならない。2 立ってパダン・アラムへ,あなたの母の父ベトエルの家へ行き,そこから,すなわち母の兄弟ラバンの娘たちの中から自分の妻をめとるように。3 そうすれば全能の神はあなたを祝福し,子を生ませて多くならせてくださり,あなたは必ずもろもろの民の会衆となるであろう。4 そして[神]はアブラハムの祝福をあなたに,すなわちあなたおよび共にいるあなたの胤に与えて,あなたが外国人として住んでいる土地,神がアブラハムにお与えになったその[土地]を所有させてくださるであろう」。
5 こうしてイサクはヤコブを送り出し,[ヤコブ]はパダン・アラムへ,シリア人ベトエルの子で,ヤコブとエサウの母リベカの兄弟であるラバンのところへ出かけて行った。
6 エサウは,イサクがヤコブを祝福し,パダン・アラムにやってそこから妻を迎えるようにさせたこと,また彼を祝福したさい彼に命じて,「カナンの娘たちの中から妻をめとってはいけない」と述べたこと,7 さらにヤコブが父と母に従ってパダン・アラムに向かったことを知ると,8 そのときエサウは,カナンの娘たちが父イサクの目に喜ばれないことを知った。9 そこでエサウはイシュマエルのところに行き,自分の他の妻たちのほかに,アブラハムの子イシュマエルの娘でネバヨトの姉妹であるマハラトを妻に迎えた。
10 さて,ヤコブはベエル・シェバからの道を行き,ハランに向かって進んで行った。11 やがてある場所に出たが,日も沈んだのでそこで夜を過ごすことにした。それでその場所にあった石の一つを取って頭の支えとして置き,その場所に横たわった。12 すると彼は夢を見はじめた。見よ,地の上にはしごが立ててあり,その頂は天に達していた。そして,見よ,神のみ使いたちがそれを上ったり下ったりしているのであった。13 しかも,見よ,エホバがその上方におられて,こう言いはじめられた。
「わたしは,あなたの父アブラハムの神,イサクの神エホバである。あなたの横たわっている地,わたしはそれをあなたに,そしてあなたの胤に与える。14 そしてあなたの胤は必ず地の塵粒のようになり,あなたは必ず西,東,北,南へと広がるであろう。あなたにより,またあなたの胤によって地上のすべての家族は必ず自らを祝福するであろう。15 そして今,わたしはあなたと共におり,その行くすべての道であなたを守り,あなたをこの地にまた戻らせる。わたしは,自分があなたに話したことをし遂げるまでは,あなたを離れないからである」。
16 その後ヤコブは眠りから覚めて,こう言った。「エホバはまさにこの場所におられるのに,わたしのほうはそれを知らなかった」。17 そして彼は恐れを感じ,加えてこう言った。「ここは何と畏怖すべき所なのだろう。これは神の家にほかならない。これこそ天の門なのだ」。18 それでヤコブは朝早く起き,頭の支えとしてそこにあった石を取り,それを柱として立ててその上に油を注いだ。19 さらに,彼はその場所の名をベテルと呼んだ。だが,実は,ルズというのがその都市のそれまでの名であった。
20 さらにヤコブは誓約を立ててこう言った。「もし神がずっとわたしと共にいてくださり,わたしの進むこの道で必ずわたしを守って,食べるパンと着る衣とを与えてくださるなら,21 そしてわたしが必ず平安のうちに父の家に帰って来れるなら,そのときエホバはわたしの神であることを示してくださったことになります。22 そして,わたしが柱として立てたこの石は神の家となり,あなたが与えてくださるすべてのものについてわたしは必ずその十分の一をあなたにささげることにします」。
2008/02/22/
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27 さて,その後,イサクは年老い,その目もかすんでよく見えなくなったときであるが,上の息子エサウを呼んで,「我が子よ!」と言った。それに対し,「はい,わたしはここにおります!」と彼は言った。2 [イサク]はさらに言った,「さあごらん,わたしは年老いてしまった。わたしはいつ死ぬか分からない。3 だから今のうちに,どうかお前の用具を,矢筒と弓とを取り,野に出て行ってわたしのために獲物の肉を少し獲て来ておくれ。4 そしてわたしの好きなうまい料理をこしらえ,それをわたしのところに持って来て,ああ,わたしに食べさせてくれまいか。死ぬ前に,わたしの魂がお前を祝福するようにするのだ」。
5 ところで,イサクが息子エサウに話している間,リベカはそれを聴いていた。そしてエサウは,獲物を獲るため,それを取って来るために野に出て行った。6 それでリベカは息子のヤコブに言った,「いまわたしは,父上があなたの兄弟エサウに話してこう言われるのを聞きました。7 『獲物を幾らか取って来て,わたしのためにうまい料理をこしらえ,ああ,わたしに食べさせてくれまいか。死の前に,エホバのみ前でおまえを祝福するためだ』。8 それで今,我が子よ,わたしの声に従い,わたしの命じるようにしてください。9 どうか群れのところに行き,わたしのためにそこから二頭の子やぎ,それも良いものを取って来て,わたしが父上のためにその好まれるおいしい料理を作って差し上げられるようにしてください。10 そして,ぜひともあなたがそれを持って行って父上が召し上がれるようにし,こうして死なれる前にあなたを祝福してくださるようにするのです」。
11 するとヤコブは母リベカに言った,「でも,わたしの兄弟エサウは毛深い人なのに,わたしはすべすべしています。12 もし父上がわたしに触ったらどうなるでしょう。きっとわたしは[父]の目には人を愚弄する者のようになり,祝福どころか呪いを身に招くことになってしまいます」。13 それに対して母は言った,「我が子よ,あなたに向けられる呪いはこのわたしに臨みますように。ただわたしの声に従い,行って,[それを]わたしのために取って来てください」。14 そこで彼は行って[それを]取り,母のところに携えて来た。そして母は彼の父が好む美味な料理をこしらえた。15 その後リベカは上の息子エサウの衣,家で自分のもとにあった一番好ましいものを幾つか取り,それを下の息子ヤコブに着せた。16 そして,子やぎの皮を彼の両手と首筋の毛の少ないところとに当てた。17 それから彼女は自分のこしらえた美味な料理とパンを息子ヤコブの手に渡した。
18 それで[ヤコブ]が父のところに入って行って,「父上!」と言うと,彼はこう言った。「わたしはここだ! 我が子よ,お前はだれなのか」。19 するとヤコブは続けて父に言った,「わたしはあなたの長子エサウです。わたしにお話しになった通りにしてまいりました。どうか身を起こしてください。お座りになって,わたしの獲物を幾らか召し上がってください。あなたの魂がわたしを祝福してくださるためです」。20 するとイサクはその子に言った,「我が子よ,どうしてこんなに早くそれを見つけられたのか」。すると彼は言った,「あなたの神エホバが会わせてくださったからです」。21 そこでイサクはヤコブに言った,「我が子よ,どうか近くに来て,わたしがお前に触れるようにしておくれ。お前がほんとうにわたしの子エサウなのかどうかを知るのだ」。22 それでヤコブが近寄ると,父イサクは彼に触り,その後こう言った。「声はヤコブの声だが,手はエサウの手だ」。23 こうして彼はそれと気づかなかった。その手はその兄弟エサウの手のように毛深かったからである。それで彼は[ヤコブ]を祝福した。
24 そののち彼は言った,「お前は本当にわたしの子エサウなのだな」。すると[ヤコブ]は言った,「私です」。25 そこで彼は言った,「それをわたしの近くに持って来て,我が子の獲物を少し食べられるようにしておくれ。こうしてわたしの魂はお前を祝福するのだ」。そこでそれを近くに持って行くと,彼は食べはじめ,またぶどう酒を持って行くと,それを飲みはじめた。26 そののち父イサクは言った,「我が子よ,どうか近くに来て,わたしに口づけしておくれ」。27 それで彼は近寄って口づけし,[イサク]はその衣のにおいをかいだ。それから彼を祝福してこう言った。
「見よ,我が子のにおいはエホバが祝福された野のにおいのようだ。28 それで[まことの]神が,天の露と地の肥沃な土地を,またあふれるほどの穀物と新しいぶどう酒をあなたに与えてくださるように。29 もろもろの民があなたに仕え,もろもろの国たみがあなたに身を低くかがめるように。あなたは自分の兄弟たちの主人となり,あなたの母の子らはあなたに身を低くかがめるように。あなたをのろう者はみなのろわれ,あなたを祝福する者はみな祝福されるように」。
30 さて,イサクがヤコブを祝福し終えてすぐ,まさにヤコブが父イサクの顔の前から出たか出ないかというときに,その兄弟エサウが猟から戻って来たのであった。31 そして彼もまた美味な料理をこしらえはじめた。そうして彼はそれを父のところに持って来て,父にこう言った。「我が父が身を起こして息子の獲物を幾らか召し上がりますように。あなたの魂がわたしを祝福してくださるために」。32 そこで父イサクは言った,「お前はだれなのか」。それに対して彼は言った,「わたしはあなたの息子,あなたの長子エサウです」。33 するとイサクは身を震わせ,非常に大きなおののきのうちにこう言った。「では,獲物を獲てわたしのところに持って来たのは一体だれだったのか。そのためわたしはおまえが来る前にすっかり食べて,その者を祝福した。それが祝福された者ともなるのだ」。
34 父の言葉を聞くと,エサウは非常な大声で,極めて苦々しげに叫びだし,父に向かってこう言った。「わたしも,このわたしも祝福してください,父上!」35 しかし彼は続けて言った,「お前の兄弟が,お前のための祝福を自分で受けようと欺きをもってやって来たのだ」。36 すると[エサウ]は言った,「だから彼の名はヤコブと呼ばれるのではありませんか。こうして二度もわたしからせしめるとは。わたしの長子の権をすでに取り,そして今度は,見てください,わたしの祝福を奪い取ったのです」。そして,加えて言った,「わたしのために祝福を取って置いてはくださらなかったのですか」。37 しかしイサクはエサウに答えてさらに言った,「いまわたしは彼をお前の主人として立て,そのすべての兄弟を僕として彼に与えた。また,穀物と新しいぶどう酒を彼のための支えとして授けた。それで,我が子よ,お前のためにしてやれることがどこにあるだろうか」。
38 それでエサウは父に言った,「父上,あなたにはただ一つの祝福しかないのですか。わたしも,このわたしも祝福してください,父上!」 こうしてエサウは声を上げ,涙を流して泣きだした。39 それで父イサクは答えて彼に言った,
「見よ,地の肥沃な土地から離れたところにあなたの住まいは見いだされる。上なる天の露からは離れたところに。40 そしてあなたは剣によって生き,自分の兄弟に仕えるようになる。だが,とどまりきれなくなるとき,あなたはまさに彼のくびきを砕いて自分の首から捨てるであろう」。
41 しかしエサウはヤコブに対して敵がい心を宿した。父が彼を祝福したその祝福のためであった。エサウはその心の中でこう言いつづけた。「父のための喪の日は近づいた。それが済んだら,わたしは兄弟ヤコブを殺してやる」。42 上の息子エサウのこの言葉を知らされると,リベカはすぐに人をやって下の息子ヤコブを呼び,こう言った。「ご覧なさい,あなたの兄弟エサウはあなたのことで自分を慰めています―あなたを殺そうとして。43 ですから今,我が子よ,わたしの声に従い,立って,ハランにいるわたしの兄弟ラバンのところへ逃げなさい。44 そして,あなたの兄弟の激怒が静まるまで幾日かそのもとにとどまるのです。45 あなたの兄弟の怒りがあなたから去って,あなたのした事を忘れるまでです。そうしたらわたしは必ず使いをやって,あなたをそこから連れ戻します。どうして同じ日にあなた方二人にまで先立たれるようなことがあってよいでしょうか」。
46 その後リベカはイサクに対してしきりに言った,「わたしはヘトの娘たちのことで自分のこの命をたいへんいとうようになりました。もしヤコブがこれらこの地の娘たちのようなヘトの娘をめとることになれば,わたしは生きていて何の良いことがあるでしょう」。
2008/02/22/
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26 さて,その地に飢きんが起きた。それは,アブラハムの日に起きた最初の飢きんとは別のものである。そのためイサクは,フィリスティア人の王アビメレクのもとへ,ゲラルへ向かった。2 そのときエホバは彼に現われて,こう言われた。「エジプトに下って行ってはいけない。わたしがあなたに指定した地に幕屋を張っていなさい。3 この地に外国人として住んでいるように。そうすればわたしは引き続きあなたと共にいてあなたを祝福する。あなたとあなたの胤に,わたしはこのすべての土地を与えるからである。またわたしは,あなたの父アブラハムに誓ったその誓いのことばを成し遂げる。4 『そしてわたしはあなたの胤を殖やして天の星のようにし,あなたの胤にこのすべての土地を与える。あなたの胤によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福する』と[言ったが],5 それはアブラハムがわたしの声に聴き従い,わたしに対する務め,わたしの命令,わたしの法令,そしてわたしの律法を守りつづけたからであった」。6 それでイサクはずっとゲラルに住んでいた。
7 ところで,その場所の人々は彼の妻についてしきりに尋ね,それに対し彼は,「あれはわたしの妹です」と言うのであった。「わたしの妻です」と言うのを恐れたのであるが,それは「この場所の男たちがリベカのゆえにわたしを殺すようなことがあってはいけない」と言ってのことであった。彼女は容姿が良かったからである。8 そして,彼のそこでの日数が延びているときのこと,フィリスティア人の王アビメレクが窓から外を見て眺めていると,そこではイサクが妻のリベカと楽しく過ごしているのであった。9 直ちにアビメレクはイサクを呼んで,こう言った。「なんと,彼女はあなたの妻その人ではないか。それなのにどうして『わたしの妹です』などと言ったのか」。それに対してイサクは言った,「彼女のゆえにわたしが死ぬようなことがあってはいけないと思ってそう言いました」。10 しかしアビメレクは続けて言った,「あなたがわたしたちに対してしたこの事はどういうことなのか。もう少しで民の一人があなたの妻と寝てしまうところであった。そうなれば,あなたはわたしたちに罪科をもたらしたことになったであろう!」11 それからアビメレクは民のすべてに命じて言った,「この人とその妻に触れる者は必ず死に渡されるであろう!」
12 その後イサクはその地で種をまくようになり,その年には百倍もの収量を得るのであった。エホバが彼を祝福しておられたからであった。13 そのためこの人は大いなる者となり,いっそう進んでさらに大いなる者となってゆき,ついに極めて大いなる者となった。14 そして彼は幾つもの羊の群れと牛の群れ,また大勢の僕たちを持つようになった。そのためフィリスティア人は彼をそねむようになった。
15 彼の父アブラハムの日にその父の僕たちが掘ったすべての井戸であるが,フィリスティア人はこれをふさぎ,それに乾いた土を詰めるのであった。16 ついにアビメレクはイサクに言った,「わたしたちの近辺から移動しなさい。あなたはわたしたちよりはるかに強くなったからだ」。17 それでイサクはそこから移動し,ゲラルの奔流の谷に宿営を張ってそこに住むようになった。18 それからイサクは,その父アブラハムの日に掘られ,アブラハムの死後フィリスティア人がふさいでいった水の井戸を掘り直した。そして,それらの[井戸の]名を,その父が呼んだ名でまた呼ぶことにした。
19 そしてイサクの僕たちは奔流の谷を掘りつづけ,こうしてそこに清水の井戸を見いだした。20 するとゲラルの羊飼いたちはイサクの羊飼いたちと言い争って,「その水は我々のものだ」と言いだした。それで彼はその井戸の名をエセクと呼んだ。人々が彼と争ったからであった。21 また別の井戸を掘り進んだが,彼らはそれについても言い争うようになった。それで彼はその名をシトナと呼んだ。22 後にそこから移動して別の井戸を掘ったが,彼らはそれについては言い争わなかった。そのため彼はその名をレホボトと呼んで,こう言った。「今エホバはわたしたちに広やかな場所を与え,わたしたちを地において実り豊かな者としてくださったのだ」。
23 次いで彼はそこからベエル・シェバに上った。24 するとエホバはその夜彼に現われてこう言われた。「わたしはあなたの父アブラハムの神である。恐れてはいけない。わたしはあなたと共にいるからである。わたしの僕アブラハムのゆえにわたしはあなたを祝福し,あなたの胤を殖やす」。25 そこで彼はその所に祭壇を築いてエホバの名を呼び求め,そこに自分の天幕を張った。またイサクの僕たちはそこで井戸の掘り抜きを行なった。
26 後にアビメレクは自分の腹心の友アフザトおよび軍の長フィコルを伴ってゲラルから彼のところにやって来た。27 そこでイサクは彼らに言った,「なぜわたしのところに来られたのですか。あなた方のほうでわたしを憎んで,わたしを近くから去らせたはずですのに」。28 すると彼らは言った,「わたしたちは,エホバがあなたと共におられるのをはっきり見ました。それでわたしたちはこのように言うことにしました。『どうかわたしたちの間,つまりわたしたちとあなたとの間に義務の誓いを立て,あなたと契約を結ばせてください。29 わたしたちがあなたに触れず,平安に去らせてあなたにただ善いことを行なったように,あなたもわたしたちに対して何も悪いことはしないという[契約です]。あなたは今やエホバに祝福された方なのです』」。30 それで[イサク]は彼らのために宴を設け,彼らは食べて飲んだ。31 次の朝一同は早く起き,相互に誓いのことばを述べた。その後イサクは彼らを送り出し,彼らは平安のうちにそのもとを去って行った。
32 さてその日のこと,イサクの僕たちがやって来て,自分たちの掘った井戸につき彼に報告して言った,「わたしたちは水を見つけました!」33 それで彼はその名をシブアと呼んだ。それゆえにその都市の名はベエル・シェバといわれ,今日に至っている。
34 そしてエサウは四十歳になった。そのとき彼はヒッタイト人ベエリの娘ユディト,またヒッタイト人エロンの娘バセマトを妻に迎えた。35 そして,これらの女たちはイサクとリベカに苦々しい霊を抱かせるものとなった。
2008/02/22/
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25 後にまた,アブラハムは再び妻を迎えたが,その名はケトラといった。2 やがて彼女は,ジムラン,ヨクシャン,メダン,ミディアン,イシュバク,シュアハを彼に産んだ。
3 そしてヨクシャンはシェバとデダンの父となった。
そしてデダンの子らはアシュリム,レトシム,レウミムとなった。
4 またミディアンの子らは,エファ,エフェル,ハノク,アビダ,エルダアであった。
これらは皆ケトラの子であった。
5 後にアブラハムは自分の持つすべてのものをイサクに与えた。6 一方,アブラハムにいたそばめたちの子らに対して,アブラハムは贈り物を与えた。次いで,自分がなお生きている間に,彼らを息子イサクのそばから去らせ,東方へ,東の地へ行かせた。7 そして,これがアブラハムの生きた命の年の日数である。すなわち百七十五年であった。8 その後アブラハムは息絶え,良い齢に達して死んだ。年老いて満ち足り,こうして自分の民のもとに集められた。9 それで,息子のイサクとイシュマエルは,ヒッタイト人ツォハルの子エフロンの畑地にあるマクペラの洞くつに彼を葬った。それはマムレの前にあり,10 その畑地はアブラハムがヘトの子らから買い取ったものであった。そこにアブラハムは葬られ,その妻サラもまた[葬られたのである]。11 そして,アブラハムの死後に,神はその子イサクを引き続き祝福されるのであった。イサクはベエル・ラハイ・ロイのすぐ近くに住んでいた。
12 そして,これがアブラハムの子イシュマエル,すなわちサラのはしためであったエジプト人ハガルがアブラハムに産んだ者の歴史である。
13 さて,これらはイシュマエルの子らの名で,その名により,その家系にしたがえば次のとおりである。イシュマエルの長子ネバヨト,ケダル,アドベエル,ミブサム,14 ミシュマ,ドマ,マサ,15 ハダドとテマ,エトル,ナフィシュとケドマ。16 これらはイシュマエルの子らであり,これらはその中庭ごと,また壁で囲まれた宿営ごとに挙げた彼らの名,すなわちその氏族にしたがって示した十二人の長である。17 そして,これがイシュマエルの命の年である。すなわち百三十七年であった。そののち彼は息絶えて死に,自分の民のもとに集められた。18 そして,彼らは幕屋に住んで,エジプトの前のシュルに近いハビラからアッシリアにまで及んだ。彼はそのすべての兄弟たちの前に住み着いたのである。
19 そして,これがアブラハムの子イサクの歴史である。
アブラハムはイサクの父となった。20 そしてイサクは,パダン・アラムのシリア人ベトエルの娘でシリア人ラバンの妹であるリベカを妻に迎えたとき,四十歳であった。21 そしてイサクは特に自分の妻のためしきりにエホバに懇願した。彼女がうまずめであったからである。それでエホバは彼のために懇願を聞き入れられ,その妻リベカは妊娠した。22 ところで,彼女の体内の子らは互いにもがき合うようになった。そのため彼女は言った,「こんなことなら,一体何のためにわたしは生きているのでしょう」。そうして彼女はエホバに尋ねに行った。23 するとエホバは彼女にこう言われた。「二つの国民があなたの腹にあり,二つの国たみがあなたの内から分かれ出る。一方の国たみは他方の国たみより強く,年上の者が年下の者に仕えるであろう」。
24 ようやく彼女の出産のための日数が満ちたが,見よ,双子がその腹にあった。25 やがて初めの者が出て来たが,その全身は毛でできた職服のようで赤かった。それで彼らはその名をエサウと呼んだ。26 またその後に彼の弟が出て来たが,その手はエサウのかかとをつかんでいた。それで彼はその名をヤコブと呼んだ。そして,彼女がそのふたりを産んだとき,イサクは六十歳であった。
27 さて,男の子たちは大きくなってゆき,エサウは狩りの仕方を知る人,野の人となったが,ヤコブはとがめのない人で天幕に住んでいた。28 そしてイサクはエサウを愛していた。その口に獲物をもたらしたからであった。しかしリベカはヤコブを愛する者であった。29 あるときヤコブが煮物を煮ていると,そこへエサウが野からやって来た。彼は疲れていた。30 それでエサウはヤコブに言った,「どうか早く,その赤いの,そこにある赤いものを少しわたしに食わせてくれ。わたしは疲れているのだ」。このために彼の名はエドムと呼ばれたのである。31 それに対してヤコブは言った,「あなたの長子としての権利をまずわたしに売ってください!」32 するとエサウはさらにこう言った。「見てくれ,わたしはすぐにも死にそうだというのに,長子の権などわたしにとって何になろう」。33 そこでヤコブは加えて言った,「まずわたしに誓ってください!」 すると[エサウ]は彼に誓い,長子としての権利をヤコブに売った。34 それでヤコブはパンとひら豆の煮物をエサウに与え,彼は食べたり飲んだりしはじめた。そのあと彼は立って出かけて行った。こうしてエサウは長子の権を軽んじた。
2008/02/22/
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24 さて,アブラハムは老いて高齢になっていた。エホバはすべての点でアブラハムを祝福された。2 それでアブラハムは自分の僕,すなわち家の者のうち最年長で彼の持つすべてのものを管理していた者にこう言った。「どうか,あなたの手をわたしの股の下に当てるように。3 天の神また地の神であるエホバにかけて誓ってもらわなければならないのだ。すなわち,あなたはわたしの息子のためにわたしがその中に住むカナン人の娘たちからは妻を迎えず,4 わたしの国,わたしの親族のもとに行ってぜひともわたしの息子イサクのために妻を迎えるように」。
5 しかし僕は彼に言った,「もしその女がわたしと一緒にこの土地に来ることを望まなければどう致しましょうか。ご子息をあなたの出て来られた土地に戻らせるようにしなければいけないでしょうか」。6 それに対してアブラハムは言った,「わたしの息子をそこに戻らせることのないよう注意しなさい。7 わたしを父の家から,また親族の土地から召された天の神エホバは,わたしに語り,わたしに誓って,『あなたの胤にこの地を与える』と言われたのだから,あなたに先立ってご自分の使いを送ってくださり,あなたは必ずやわたしの息子のためにそこから妻を迎えることになるであろう。8 だが,もしもその女があなたと一緒に来ることを望まないとすれば,そのときにはあなたもまたわたしにしたこの誓いから解かれたことになる。ただ,わたしの息子をそこに戻らせることだけはしてはならない」。9 そこで僕は自分の手を主人アブラハムの股の下に当て,このことに関して誓いをした。
10 それで僕は自分の主人のらくだの中から十頭のらくだを取り,主人のあらゆる良い物をその手に携えて行くことになった。こうして彼は立って,メソポタミアへ,ナホルの都市へ出かけて行った。11 ついに彼は,夕刻,水をくむ女たちがいつも出て来る時分に,その都市の外,水の井戸のところにらくだを伏させた。12 そして彼はこう言った。「わたしの主人アブラハムの神エホバ,どうかこの日にわたしの前でそれを果たし,わたしの主人アブラハムに愛ある親切をお示しください。13 いま私は水の泉のところに立っており,この都市の人々の娘たちが水をくみに出て来るところです。14 ぜひともこうなりますように。つまり,若い女で,『どうかあなたの水がめを下ろして飲ませてください』とわたしが言うときに,『お飲みください。そしてあなたのらくだにも水を上げましょう』と言う者,その者をあなたの僕,イサクのためにぜひ選び定めてくださいますように。そのようにして,わたしの主人に忠節な愛をお示しになったことを,わたしに知らせてくださいますように」。
15 ところで,彼がまだ語り終えないうちに,そこへリベカが出て来るのであった。それは,アブラハムの兄弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルに生まれた者であった。そして,彼女の水がめがその肩にあった。16 さて,そのおとめは非常に容姿が良く,処女であって,これと性的な交わりを持った男はまだいなかった。彼女は泉に下りて行って水がめを満たしてゆき,そののち[また]上って来た。17 すぐさま僕は彼女に会うため走って行って,こう言った。「どうかあなたのかめからほんの少し水を飲ませてください」。18 すると彼女は言った,「お飲みください,我が主よ」。そうしてすぐにかめを自分の手に降ろして彼に飲ませた。19 彼に飲ませ終えると,彼女は続いてこう言った。「あなたのらくだたちのためにも,全部が飲み終えるまで水をくんでまいりましょう」。20 そして彼女はかめ[の水]を急いで飲みおけに空け,水をくむため何度も井戸に走り,こうしてすべてのらくだのためにくみ続けた。21 その間ずっとその人は驚嘆しながら彼女を見つめ,エホバが自分の旅を成功させてくださったのかどうかを知ろうとしてずっと沈黙していた。
22 それで,らくだが飲み終えると,その人は,重さ半シェケルの金の鼻輪を,また彼女の手のために二つの腕輪,重さが金十シェケルのものを取り,23 その後こう言った。「あなたはどなたの娘さんでしょうか。どうかわたしに言ってください。あなたのお父さんの家にはわたしたちが夜を過ごせるような所があるでしょうか」。24 すると彼女は言った,「私はミルカの子ベトエル,[ミルカ]がナホルに産んだ者の娘でございます」。25 そして彼女はさらにこう言った。「わたしどものところには,わらも沢山の飼い葉もあり,夜をお過ごしになれる場所もございます」。26 それでその人は身をかがめ,エホバの前に平伏して,27 こう言った。「わたしの主人アブラハムの神エホバがほめたたえられますように。わたしの主人に対して愛ある親切と信頼性とをお捨てにならなかったのです。わたしは道を参りましたが,エホバはわたしを主人の兄弟たちの家へと導いてくださいました」。
28 それでおとめは走って行き,これらの事についてその母の家の者たちに告げた。29 ところでリベカには兄弟がおり,その名をラバンといった。それでラバンは外の泉のところにいるその人のもとに走って行った。30 そして,鼻輪と妹の両手にある腕輪とを見,妹リベカの,「その人はわたしにこのように話しました」という言葉を聞いて来てみると,その人は泉のそば,らくだのかたわらに立っているのであった。31 直ちに彼は言った,「エホバに祝福された方,おいでください。どうしてこんな外に立っておられるのですか。わたしのほうは家とらくだのための場所とを整えましたのに」。32 そこでその人は家の中に入ったが,彼はらくだの装具を外してわらと飼い葉をらくだに与えてゆき,またその人の足およびそれと共にいた人々の足を洗う水を[用意した]。33 そののち食べる物が前に出されると,その人はこう言った。「わたしは自分の用件についてお話ししてしまうまでは何も頂きません」。そこで彼は,「お話しください!」と言った。
34 それでその人は続けてこう言った。「わたしはアブラハムの僕です。35 そしてエホバはわたしの主人を大いに祝福されました。これを大いなる者としてゆかれ,羊・牛・銀・金・下男・はしため・らくだ・ろばを与えておられます。36 さらに,わたしの主人の妻サラは,年老いてから,わたしの主人に男の子を産みました。[主人]は自分の持つすべてのものをこれに与えるのです。37 それで主人はわたしに誓いをさせて,こう申しました。『あなたは,わたしの息子のために,わたしが住んでいる地のカナン人の娘の中から妻を迎えてはならない。38 いや,あなたはわたしの父の家へ,わたしの家族のところへ行く。こうしてわたしの息子のために妻を迎えるのだ』。39 しかしわたしは主人に申しました,『もしその方がわたしと一緒に来ようとしなければどう致しましょうか』。40 するとこう申しました。『わたしがそのみ前を歩んできたエホバは,み使いをあなたと共に遣わして,あなたの行く道を必ず成功させてくださるであろう。あなたはわたしの息子のためにどうしてもわたしの家族から,わたしの父の家から妻を迎えなければならない。41 あなたがわたしの家族のもとに行ったとき,その時あなたは誓いによるわたしへの務めから解かれる。もしその人たちがその[娘]をあなたに渡さないのであれば,そのときあなたは誓いによるわたしへの務めから自由になるのだ』。
42 「今日,泉のところに着いたとき,わたしはこう申しました。『わたしの主人アブラハムの神エホバ,もしわたしの進むこの道をほんとうに成功させてくださっているのでしたら,43 いまわたしは水の泉の所に立っておりますが,是非ともこうなりますように。つまり,水をくみに出て来る乙女で,わたしが「どうかあなたのかめから水を少しばかり飲ませてください」と言うときに,44 「あなたもお飲みになり,またらくだたちのためにも水をくんでまいりましょう」と言う人,その人こそエホバがわたしの主人の子息のために選び定められた人です』。
45 「わたしが心の中で語り終えないうちに,そこへリベカが,肩にかめを載せて出て来たのです。彼女は泉に下りて行って,水をくみはじめました。そこでわたしは言いました,『どうかわたしに飲ませてください』。46 すると彼女はすぐにかめを降ろし,『お飲みください。あなたのらくだたちにも水を上げましょう』と言ったのです。それでわたしは飲み,彼女はらくだにも水をやってくれました。47 その後わたしが尋ねて,『あなたはどなたの娘さんですか』と言いますと,彼女は言いました,『ナホルの子ベトエル,ミルカが[ナホル]に産んだ者の娘でございます』。そこでわたしは彼女の鼻に鼻輪を,両手に腕輪を着けさせました。48 そうしてわたしは身をかがめてエホバの前に平伏し,わたしの主人アブラハムの神エホバをほめたたえました。わたしの主人の子息のためにその兄弟の娘を迎えるようわたしをまことの道に導いてくださったからです。49 ですから今,もしあなた方がわたしの主人に対して愛ある親切と信頼性とを確かに示していてくださるのでしたら,そのことをわたしに話してください。また,もしそうでないなら,そのようにおっしゃってください。それによってわたしは右か左かに参ります」。
50 するとラバンとベトエルは答えて言った,「エホバからこの事は出ています。わたしたちは善し悪しをあなたに言うことなどできません。51 さあ,リベカはあなたの前にいます。彼女を連れて行って,エホバの語られたとおり,あなたのご主人の子息の妻にならせてください」。52 こうして彼らの言葉を聞くと,アブラハムの僕はすぐさま地に,エホバのみ前に平伏するのであった。53 そして僕は銀の品物,金の品物,種々の衣を取り出してはそれをリベカに与え,またえり抜きの品々をその兄と母に与えた。54 そののち彼らつまり彼および共にいた人々は食べたり飲んだりし,そこで夜を過ごし,朝になって起きた。
それから彼は言った,「わたしを主人のところに去らせてください」。55 すると彼女の兄と母は言った,「この娘をわたしたちのもとにせめて十日とどまらせてください。その後でしたら行ってもよろしいです」。56 しかし彼は言った,「わたしを引きとどめないでください。エホバはわたしの道を成功させてくださったのです。わたしを去らせて,主人のもとに行かせてください」。57 それで彼らは言った,「娘を呼んで当人の口から聞いてみましょう」。58 そこで彼らはリベカを呼んでこう言った。「あなたはこの方と一緒に行きますか」。すると彼女は言った,「参りたいと思います」。
59 そこで彼らは自分たちの姉妹リベカとその乳母,またアブラハムの僕とその一行を送り出すことにした。60 そして彼らはリベカを祝福してこう言った。「わたしたちの姉妹よ,あなたは万の幾千倍にもなるように。あなたの胤はそれを憎む者の門を手に入れるように」。61 その後リベカとその侍女たちは立ち,らくだに乗ってその人に従った。僕はリベカを連れて去って行った。
62 さて,イサクはベエル・ラハイ・ロイに通ずる道を来たところであった。彼はネゲブの地に住んでいたのである。63 そしてイサクは夕方になるころ静かに思い巡らすため野に出て歩いていた。彼が目を上げて見ると,そこへらくだ[の一隊]がやって来るのであった。64 リベカが目を上げたとき,イサクの姿が見え,彼女はさっとらくだから降りた。65 そして僕にこう言った。「野を歩いてわたしたちを迎えに来るあの方はどなたですか」。すると僕は言った,「あの方がわたしの主人です」。それで彼女は頭きんを取って身を覆った。66 そして僕は,自分の行なったすべての事柄をイサクに細かに話していった。67 その後イサクは彼女を自分の母サラの天幕に連れて入った。こうして彼はリベカをめとり,彼女はその妻となった。そしてイサクは彼女を愛するようになり,母を亡くした後の慰めを得た。
2008/02/22/
03:18 聖書 創世記 /
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23 さてサラの命は百二十七年に及んだ。これがサラの命の年数であった。2 こうしてサラはカナンの地のキルヤト・アルバすなわちヘブロンで死んだ。アブラハムはそばに来てサラ[の死]を嘆き,泣いて悲しんだ。3 ようやくアブラハムは死者の前から立ち上がり,その後ヘトの子らに話しかけてこう言った。4 「わたしはあなた方の間で外人居留者,また移住者です。あなた方の間にあってわたしに埋葬地を所有させ,わたしのところの死んだ者を見えないところに葬ることができるようにしてください」。5 するとヘトの子らはアブラハムに答えて言った,6 「我が主よ,お聞きください。わたしたちの中にあってあなたは神からの長となっています。わたしたちの埋葬地のうちのより抜きの所に,亡くなられた方の埋葬をなさってください。わたしたちのだれも,自分の埋葬地を差し出さないようにしてあなたがその亡くなられた方を葬れないようなことは致しません」。
7 そこですぐアブラハムは立ってその土地の人々,ヘトの子らの前に身をかがめ,8 その人々に話してこう言った。「死んだ者をわたしの前から葬ることにあなた方の魂が同意してくださるのでしたら,わたし[の願い]を聴いて,わたしのためにツォハルの子エフロンに勧め,9 彼がマクペラの洞くつをわたしに譲ってくれるようにしてください。それは彼のものですが,彼の畑地の端にあります。十分な量の銀と引き換えに彼があなた方の中でわたしにそれを譲り,埋葬地として所有させてくれるようにしていただきたいのです」。
10 ところでエフロンはヘトの子らの中に座していた。それでヒッタイト人エフロンは,ヘトの子らの聞くところ,その都市の門を入って来るすべての人の前でアブラハムに答えてこう言った。11 「いいえ,我が主よ! お聴きください。その畑地は確かに差し上げます。その中にある洞くつももちろんあなたに差し上げます。わたしの民の子らの目の前でわたしはそれを確かに差し上げるのです。亡くなられた方の埋葬をなさってください」。12 それを聞いてアブラハムはその土地の人々の前に身をかがめ,13 土地の人々の聞くところでエフロンに話してこう言った。「ただもしあなたが―いえ,どうか聴いてください。わたしはその畑地に見合うだけの銀をお渡しします。それを受け取って,わたしのところの死んだ者をそこに葬れるようにしてください」。
14 するとエフロンはアブラハムに答えて言った,15 「我が主よ,お聴きください。銀四百シェケルの地所,それがわたしとあなたとの間で何ほどのことがあるでしょう。ですから,亡くなられた方の埋葬をなさってください」。16 そこでアブラハムはエフロン[の言葉]を聴き入れた。アブラハムはエフロンがヘトの子らの聞くところで言った量の銀,すなわち商人たちに通用する銀四百シェケルを量って彼に渡した。17 こうして,マクペラにあったエフロンの畑地,それはマムレの前にあるが,その畑地とその中の洞くつおよびその畑地にあったすべての樹木,すなわち周囲のその全境界内にあったものであるが,18 それが,ヘトの子らの目の前,その都市の門を入って来るすべての人々の中で,アブラハムの買い取った資産として固く定められた。19 その後に,アブラハムは,カナンの地のマムレつまりヘブロンの前にあるマクペラの畑地の洞くつにその妻サラを葬った。20 こうしてその畑地とそこにある洞くつとは,ヘトの子らの手によりアブラハムの所有する埋葬地として固く定められた。
2008/02/22/
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22 さて,こうした事があってからであるが,[まことの]神はアブラハムを試みられた。そして彼に,「アブラハムよ」と言われた。それに対し彼は,「はい,私はここにおります!」と言った。2 すると,続いてこう言われた。「どうか,あなたの子,あなたの深く愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に旅をし,そこにおいて,わたしがあなたに指定する一つの山の上で,これを焼燔の捧げ物としてささげるように」。
3 それでアブラハムは朝早く起き,自分のろばに鞍を置き,従者二人と息子のイサクを伴った。そして焼燔の捧げ物のためのまきも割った。それから彼は身を起こし,[まことの]神の指定された場所に向けて旅立った。4 三日目になってから,アブラハムが目を上げるとその場所が遠くから見えるようになった。5 そこでアブラハムは従者たちに言った,「あなた方はろばと共にここにとどまっていなさい。わたしとこの子とは,あそこまで進んで行って崇拝をささげ,それからあなた方のところに戻って来ようと思うのだ」。
6 その後アブラハムは焼燔の捧げ物のためのまきを取って息子イサクに負わせ,自分の手には火と屠殺用の短刀を取った。そして,二人は共に進んで行った。7 やがてイサクがその父アブラハムに語りかけて,「父上!」と言った。彼はそれに答えて,「わたしはここにいる,我が子よ!」と言った。それで[イサク]は続けて言った,「ここに火とまきがありますが,焼燔の捧げ物のための羊はどこにいるのですか」。8 これに対してアブラハムは言った,「我が子よ,神が自ら焼燔の捧げ物のための羊を備えてくださるであろう」。こうして二人は共に歩きつづけた。
9 ついに彼らは[まことの]神が指定された場所に着いた。それでアブラハムはそこに祭壇を築き,まきを並べ,息子イサクの手と足を縛って,祭壇の上,そのまきの上に寝かせた。10 次いでアブラハムは手を伸ばし,屠殺用の短刀を取り,自分の子を殺そうとした。11 ところが,エホバのみ使いが天から彼に呼びかけて,「アブラハム,アブラハムよ!」と言った。それに対して彼は,「はい,私はここにおります!」と答えた。12 すると[み使い]はさらに言った,「あなたの手をその少年に下してはならない。これに何を行なってもならない。わたしは今,あなたが自分の子,あなたのひとり子をさえわたしに与えることを差し控えなかったので,あなたが神を恐れる者であることをよく知った」。13 そこでアブラハムが目を上げて見ると,ずっと前方に,一頭の雄羊が角をやぶに絡めて動けなくなっているのであった。それでアブラハムは行ってその雄羊を捕まえ,自分の子の代わりにそれを焼燔の捧げ物としてささげた。14 そしてアブラハムはその場所の名をエホバ・イルエと呼ぶようになった。それゆえに今日でも,「エホバの山でそれは備えられるであろう」と言い習わされているのである。
15 次いでエホバのみ使いは再度天からアブラハムに呼びかけて 16 こう言った。「『わたしは自らにかけてまさに誓う』と,エホバはお告げになる,『あなたがこのことを行ない,あなたの子,あなたのひとり子をさえ与えることを差し控えなかったゆえに,17 わたしは確かにあなたを祝福し,あなたの胤を確かに殖やして天の星のように,海辺の砂の粒のようにする。あなたの胤はその敵の門を手に入れるであろう。18 そして,あなたの胤によって地のすべての国の民は必ず自らを祝福するであろう。あなたがわたしの声に聴き従ったからである』」。
19 その後アブラハムは自分の従者たちのところに戻り,一行は立って共にベエル・シェバに向かった。そしてアブラハムはその後もベエル・シェバに住んだ。
20 さて,こうした事があってからのこと,このような知らせがアブラハムのもとに届いた。「ご覧なさい,ミルカもあなたの兄弟ナホルに息子たちを産みました。21 その長子ウツ,その兄弟ブズ,アラムの父ケムエル,22 それにケセド,ハゾ,ピルダシュ,イドラフ,ベトエルです」。23 そしてベトエルはリベカの父となった。ミルカはこれら八人をアブラハムの兄弟ナホルに産んだ。24 また彼のそばめもいて,その名をレウマといった。やがて彼女もテバハ,ガハム,タハシュ,マアカを産んだ。
2008/02/22/
03:09 聖書 創世記 /
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21 そしてエホバはご自分の言われたとおりサラに注意を向けられた。エホバはいまサラに対してその語られたとおりに行なわれたのである。2 それでサラは妊娠し,やがて神が語られたその定めの時に,老齢のアブラハムに男の子を産んだ。3 そこでアブラハムは,自分に生まれた子,サラが彼に産んだ子の名をイサクと呼んだ。4 次いでアブラハムは,神に命じられたとおり,生後八日目にその子イサクに割礼を施した。5 そして,その子イサクが生まれたとき,アブラハムは百歳であった。6 そのときサラは言った,「神はわたしのために笑いを備えてくださいました。だれでもこれについて聞く人はわたしのことで笑うでしょう」。7 加えて彼女は言った,「『サラは必ず子供らに乳を飲ませるようになる』などと,だれがアブラハムに言えたでしょう。それなのにわたしはあの人の老年になって男の子を産みました」。
8 さて,子供は成長を続けて乳離れすることになった。そこでアブラハムはイサクの乳離れする日に大きな宴を催した。9 ところでサラは,エジプト人ハガルの子,すなわちその女がアブラハムに産んだ者がからかっているのにずっと気づいていた。10 それで彼女はアブラハムにこう言いはじめた。「この奴隷女とその子を追い出してください! この奴隷女の子がわたしの子と,イサクと一緒に相続人となることはないのですから」。11 しかしこれは,自分の息子に関することでもあり,アブラハムにとっては非常に不快であった。12 そのとき神はアブラハムにこう言われた。「その少年とあなたの奴隷女とについてサラが言いつづけていることを何事も不快に思ってはいけない。その声を聴き入れよ。あなたの胤と呼ばれるものはイサクを通して来るからである。13 そしてこの奴隷女の子についても,わたしはこれを一つの国民とする。彼もあなたの子孫だからである」。
14 それでアブラハムは朝早く起き,パンと水の皮袋を取ってハガルに与え,それを彼女の肩に載せ,またその子供を[渡して]彼女を去らせた。それで彼女は出て行ってベエル・シェバの荒野をさまよった。15 ついに皮袋の中の水は尽き,彼女はその子供を一つの茂みの下に投げ出した。16 それから自分は進んで行って,弓を射れば届くほどの所に独りで座った。「この子が死ぬのを見ないでよいように」と言うのであった。こうして彼女は少し離れた所に座り,声を上げて泣きはじめた。
17 すると神はその少年の声を聞き,神のみ使いが天からハガルに呼びかけてこう言った。「ハガルよ,どうしたのか。恐れてはいけない。神は少年のいるその所で彼の声を聴かれたからである。18 立って少年を抱え上げ,あなたの手で支えなさい。わたしは彼を大いなる国民とするからである」。19 そののち神が彼女の目を開けられたため,彼女は水の井戸を見つけた。それで彼女は行って皮袋に水を満たし,また少年にも飲ませた。20 そして神は引き続き少年と共におられ,彼は成長してゆき,ずっと荒野に住んでいた。彼は弓を射る者となった。21 そして彼はパランの荒野に住むようになり,そののち母は彼のためにエジプトの地から妻を迎えた。
22 さて,そのころのことであるが,アビメレクがその軍の長フィコルと共にアブラハムにこう言った。「神はあなたのしているすべての事においてあなたと共におられます。23 ですから今ここで,わたしとわたしの子孫また後裔に対して偽りとなることはしないと,神にかけてわたしに誓ってください。すなわち,わたしがあなたに対し忠節な愛をもって行動してきたように,あなたもわたしに対し,またあなたが外国人として住んできたこの土地に対してそのように行動すると」。24 それでアブラハムは,「わたしは誓います」と言った。
25 アビメレクの僕たちが力ずくで奪った水の井戸のことでアブラハムがアビメレクを厳しく批判すると,26 そのときアビメレクはこう言った。「わたしはだれがそのような事をしたのか知りません。あなたのほうでもそれをわたしに話してくれませんでしたし,わたしのほうも今日までその件について聞かなかったのです」。27 そこでアブラハムは羊と牛を取ってアビメレクに与え,次いでその両人は契約を結んだ。28 アブラハムが群れのうち雌の子羊七匹を別にすると,29 アビメレクはアブラハムにさらに言った,「ここにあなたの別にしたこれら七匹の雌の子羊がいますが,どういう意味ですか」。30 それで彼は言った,「あなたがこの七匹の雌の子羊をわたしの手から受け取り,それをわたしのため,わたしがこの井戸を掘ったという証しとするのです」。31 このゆえに彼はその場所をベエル・シェバと呼んだ。そこにおいてその両人が誓いを立てたからであった。32 こうして彼らはベエル・シェバで契約を結び,その後アビメレクは軍の長フィコルと共に立ってフィリスティア人の地に帰って行った。33 そののち彼はベエル・シェバにぎょりゅうの木を植え,その所で,定めなく存在される神エホバの名を呼び求めた。34 そしてアブラハムはフィリスティア人の地にずっと外国人としてとどまって多くの日に及んだ。
2008/02/22/
03:07 聖書 創世記 /
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ジェイソン・スチュアートの語った経験
「申し上げにくいのですが,スチュアートさん。病名は筋萎縮性側索硬化症,つまりALSです。ルー・ゲーリック病とも言います」。 それから医師は,この病気の予後は不良だと言いました。まもなく動くことも話すこともできなくなり,やがて死に至るというのです。「あとどれくらい生きられるんですか」と尋ねたところ,「3年から5年だと思います」と言われました。わたしはまだ二十歳でした。その知らせは悲しいものでしたが,自分は多くの点で祝福されていると強く感じました。その点についてご説明したいと思います。
わたしは1978年3月2日,米国カリフォルニア州のレッドウッド・シティで生まれました。父親のジムと母親のキャシーには4人の子どもがおり,わたしはその3番目でした。両親は神を深く愛していたので,わたしにもほかの子どもたち―マシュー,ジェニファー,ジョナサン―にも霊的な価値観を尊ぶように教え込みました。
記憶をたどってみても,家から家の宣教,聖書研究,クリスチャンの集会への出席を欠かしたことはなかったと思います。それは,家族にとって生活の一部でした。わたしがエホバ神に対する強い信仰を築くことができたのは,そうした霊的な教育を受けたからです。しかし,将来どんな信仰の試みを受けるかについては,少しも知りませんでした。
1985年に父は家族をニューヨークに連れて行き,エホバの証人の世界本部であるブルックリン・ベテルを見学させてくれました。わたしはまだ7歳でしたが,ベテルは何だか特別な所だと思いました。どの人も仕事を楽しんでいるように見えました。わたしは,『大きくなったら,ベテルに来て,エホバのために聖書を作るお手伝いをしよう』と思いました。
エホバへの献身の象徴として水のバプテスマを受けたのは,1992年10月18日のことです。その数年後17歳の時に,父はもう一度ベテル見学に連れて行ってくれました。10年もたっていたので,ベテルで行なわれている業の重要性を前よりずっと深く認識することができました。わたしは,ベテルに行く決意をいっそう強くして,家路に就きました。
1996年9月,正規開拓者つまり全時間の福音宣明者として奉仕するようになりました。目標に気持ちを集中できるように,霊的な事柄に没頭しました。毎日聖書を読むことと個人研究に充てる時間を増やし,夜の時間は録音した聖書の話に耳を傾けるようにしました。それらの話には,死に直面しても将来の楽園と復活に対する揺るがぬ信仰を抱いていたクリスチャンの経験も含まれていました。(ルカ 23:43。啓示 21:3,4)そのうちにすべての話を覚えてしまいました。でもその時は,こうした築き上げる情報が,近い将来どれほど役立つかということなど,知る由もありませんでした。
1998年7月11日にブルックリンから1通の手紙が届きました。思ったとおりベテルへの招待の手紙でした。その1か月後にわたしはベテルで生活するようになり,多くの会衆に発送される本を作る製本部門に割り当てられました。子どものころからの夢が実現したのです。わたしはベテルで,『エホバのために聖書を作る』ようになりました。
実は,ベテルに入る1か月くらい前から,気になることがありました。右手の人差し指が十分に伸ばせないのです。当時わたしは仕事にしていたプール掃除が終わると,疲れてぐったりしていました。その時は,気合が足りないぐらいに考えていました。以前の仕事は体力的にもっときつかったのに,何も問題はなかったからです。
ベテルに着いてから二,三週間もたたないうちに症状が悪化しました。勢いよく階段を上り下りする若い兄弟たちに付いてゆけなくなりました。製本の過程で本の折丁の束を持ち上げる作業があるのですが,わたしはすぐに疲れてしまうだけでなく,右手が曲がって伸びなくなってしまいました。親指も筋肉が麻痺し始め,やがて全く動かせなくなりました。
医師からALSと診断されたのは,ベテルに来てからわずか2か月後の10月半ばのことです。診察室を出た途端,記憶していた聖書の話が脳裏に浮かんできました。この時,エホバの霊がわたしと共にあったのだと思います。自分がもうすぐ死ぬと分かっても,怖くなかったからです。わたしはただ外へ出て,ベテルに帰る車が来るのを待ちました。そして,この知らせを聞く家族のみんなを強めてください,とエホバに祈りました。
最初に述べたように,わたしは祝福されている,と強く感じていました。ベテルに行くという子どものころからの夢が実現したからです。その夜わたしはブルックリン橋を渡りながら,目標を達成できるようにしてくださったエホバに感謝しました。この辛い試練に立ち向かう助けも,真剣に願い求めました。
その後多くの友人から,支えになりたいという励ましの電話がかかってきました。わたしは努めて陽気で前向きな態度を保ちましたが,あの診断が下ってから約1週間後,母と電話で話していた時にこんなことがありました。母は,元気にしているのは偉いけれど,泣いたって構わないのよ,と言ったのです。母のその言葉を聞いて,わたしは嗚咽をこらえることができませんでした。手にした夢が消えてしまうという現実を実感したのです。
10月終わりのある朝,わたしの部屋のドアをノックする音がしました。驚いたことに,それは父と母でした。わたしを実家に戻したいと考えていたのです。その後の数日をかけて両親にベテルじゅうを見せてあげ,友達や長い経験を持つベテル家族を紹介しました。ベテルで経験していることを両親に伝えることができたこの数日間は,わたしの人生の中でも非常に幸福ですばらしい時だったと思います。
エホバはそれからも多くの点でわたしを祝福してくださいました。1999年9月には初めて公開講演をし,その後も何回かいろいろな会衆で講演できました。しかしやがて発音が不明瞭になり,公開講演は断念せざるを得ませんでした。
実際の家族と,霊的な家族である兄弟姉妹たちからの強力な愛と支えも,与えられた祝福の一つです。脚が弱くなってきたときには,歩いて宣教奉仕ができるよう,友人がわたしの手を取ってくれました。わざわざ我が家まで出向いて世話してくれた人たちもいます。
最大の祝福と言えるのは,妻となったアマンダです。ベテルから帰ったあとに友達になり,わたしはアマンダの霊的な円熟性に感銘を受けました。自分の病気のことや医師が述べた予後についても全部話しました。宣教でかなりの時間を一緒に過ごしてから交際を始め,2000年8月5日に結婚しました。
アマンダに説明してもらいましょう。「ジェイソンに引かれたのは,彼が神を愛し,霊的な事柄に熱心だったからです。年齢に関係なく,だれもが自然にジェイソンに引き付けられました。わたしは元々静かで内気な性格ですが,ジェイソンのほうは生き生きした活発な兄弟で,非常に外向的でした。二人ともユーモアが好きで,一緒によく笑いました。昔からの知り合いのような気がして,ジェイソンといると気分が落ち着きました。病気のことも,これからどうなるかということも,全部分かるようにきちんと説明してくれました。それでも,できるだけ長く一緒にいたいと思いました。考えてみると,この事物の体制では,絶対確実なことなど一つもありません。『時と予見しえない出来事』は,健康な人にも臨みますから」。―伝道の書 9:11。
わたしの言葉がいよいよ分かりづらくなると,アマンダは通訳の役目を担ってくれるようになりました。全く話せなくなってからは,二人でコミュニケーションの特別な方法を編み出しました。アマンダがアルファベットの文字を続けて発音します。わたしの望む文字が発音されると,わたしは両目でまばたきをします。妻がその文字を覚えると,次の文字に移る,といった具合です。こうすれば,文全体をつづることができます。アマンダもわたしもこの方法にかなり習熟しました。
今は最新の科学技術のおかげで,ラップトップ・コンピューターを活用したコミュニケーションが行なえます。言いたいことをタイプすると,コンピューターから声が出て,わたしがタイプしたことを何でも話してくれるのです。もう手は使えないので,頬に取り付けた赤外線センサーが,どんな動きも感知するようになっています。コンピューター画面の隅に,アルファベットを含むボックスが現われると,わたしは頬を動かして自分の望む文字をハイライトさせ,単語をタイプすることができます。
このコンピューターがあるので,わたしは妻が宣教奉仕で会った聖書に関心を持つ人々に手紙を書くことができます。コンピューターから出る声を使い,準備した証言を家から家の奉仕で行なうことも,聖書研究の司会をすることもできます。こうした方法を用いて,これまで正規開拓者として奉仕を続けてきました。最近では以前のように,自分が奉仕の僕として仕える会衆で話をしたり,人々を教える割り当てを果たしたりすることができます。
わたしたちは協力して苦しい試練に立ち向かってきました。脚が弱くなるにつれ,転倒することが増えてきました。後ろに倒れ,頭を切ったことも何度かあります。筋肉が動かなくなるので,木が倒れるようにバタンと倒れるのです。そばにいる人たちはびっくりして駆け寄ってくれます。でもわたしは,緊張を和らげるためによく冗談を言いました。ユーモアのセンスを保つためにいつも努力してきました。ほかに何ができるでしょうか。生きることが辛くて腹を立てたところで,何にもなりません。
ある晩,わたしたち夫婦が二人の友人と一緒に外出した時のことです。わたしは突然後ろに倒れ,頭を打ちました。忘れもしません。心配そうな3人の顔がわたしをのぞきこんでいて,一人の友人が,大丈夫か,と聞いてきました。
「大丈夫。だけど何だかチカチカ光ってる」。
「本当に?」と友人。
「本当さ。見てごらん」とわたしは答え,空を指さして言いました。「とってもきれいな星だ」。みんなが笑いました。
筋肉の麻痺が進行するにつれ,状況はいよいよ厳しくなってゆきました。程なくして,食事や入浴,トイレ,服のボタンをかけることなど簡単な事柄が,体力を消耗し神経をいらだたせる日々の儀式のようになりました。今はもう,助けがなければ動くことも,話すことも,食べることも,呼吸することもできません。胃に栄養チューブを付け,それを通して流動食を取り入れています。喉に挿入したチューブに人工呼吸器を接続して呼吸しています。
できるだけ自分のことは自分でする覚悟でいましたが,アマンダはいつも喜んでわたしを助けてくれます。いよいよ人に頼らざるを得なくなっても,妻は決してわたしが劣った人間であるようには感じさせず,常に尊厳を保たせてくれました。かいがいしくわたしを世話してくれますが,これが簡単な仕事でないことは明らかです。
アマンダは自分の気持ちをこう伝えています。「ジェイソンの病気の進行は緩やかなので,その進み具合に応じてどう世話するかを学べました。今は人工呼吸器を付けているので,24時間の介護が必要です。肺の中に痰や唾液がたくさんたまるので,吸引装置を使って排出しなければなりません。ですから,二人ともなかなか熟睡することができません。寂しくなったり,いらいらしたりすることもあります。二人はいつも一緒にいるのですが,コミュニケーションを取るのは簡単ではありません。夫は非常に活気のある人でしたが,今それが現われているのは目だけです。今もとても楽しい人で,頭は冴えています。でも,声を聞けないのは寂しいことです。抱き締めてもらえないだけでなく,手さえ握ってもらえないのも寂しいです。
「いろいろな方から,この状況にどう対処しているのかと時々尋ねられます。そうですね,この試練を通して,どれほどエホバに頼る必要があるかを教えられました。自分に頼るなら問題で頭がいっぱいになり,息もできないくらいになるでしょう。祈りも助けになります。エホバだけがわたしを,そしてわたしの経験していることを本当に理解してくださるからです。ジェイソンの両親も大きな助けになってくれます。休息が必要なときとか,野外宣教に行きたいときには,いつも協力してくれます。会衆の兄弟姉妹たちからの助けと支えにも深く感謝しています。それから,この体制下の苦しみはどれも『つかの間で軽い』という言葉を思い起こして力を得ています。(コリント第二 4:17)エホバがすべてを正される将来の新しい世に焦点を合わせるようにしています。このような苦しみがすべて過ぎ去り,ジェイソンが元のジェイソンに戻るとき,うれしくて心から笑ったり泣いたりするでしょうね」。
正直に言うと,体の自由が全く利かない状態で車椅子に座っていると,一人の人間として非常に気の滅入ることがあります。あれは実の姉の家で家族パーティーをしている時のことでした。わたしは食事前だったので,とてもお腹がすいていました。バーベキューのハンバーグとトウモロコシをみんなが楽しそうに食べていました。その様子や,赤ちゃんと遊んでいる姿を眺めているうちにひどく憂うつになり,『不公平だ! どうして僕だけ,みんなと同じにできないんだ』と思いました。しかし,みんなが楽しんでいるその夜を台無しにしたくなかったので,涙を抑えられるよう助けてください,と心からエホバにお願いしました。
わたしは自分に言い聞かせました。もし忠実を保つなら,エホバは『嘲弄しているサタンに返答する』ことができるのです。(箴言 27:11)そう考えると力が湧いてきました。トウモロコシを食べたり赤ちゃんと遊んだりするよりはるかに大切な問題があるのです。
わたしのように病気になると,自分個人の問題に呑み込まれやすいということは,よく分かっていました。しかし,『主の業においてなすべき事をいっぱいに』持つことは本当に助けになることを実感しています。(コリント第一 15:58)宣教に忙しく携わるなら,自分自身の問題について思い煩う時間はなくなります。エホバへの信仰を培うよう他の人を助けることに心を集中するのは,わたしにとって幸福であるための重要なかぎです。
ほかにも,憂うつな気持ちと闘う上で助けになったものがあります。わたしは,神の王国について宣べ伝えるのをやめようとしなかったために投獄された忠実な人たちの経験を熟考します。独房に入れられた人もいました。わたしは自分の部屋を独房に見立て,自分が信仰のゆえにそこにいると想定します。投獄されたそのような人たちよりも自分はどのような点で有利かを熟考します。わたしには聖書文書があります。実際に,あるいは電話回線を使ってクリスチャンの集会に出席することができます。自由に宣教を行なうことができます。そばにいてくれる大切な妻がいます。このように考えると,いかに自分が祝福されているかが分かってきます。
次の使徒パウロの言葉には特に心を打たれます。「わたしたちはあきらめません。むしろ,たとえわたしたちの外なる人は衰えてゆこうとも,わたしたちの内なる人は,日々新たにされてゆくのです」。わたしの場合,外なる人はこの言葉どおりまさに衰えてゆきます。しかしわたしは決してあきらめません。わたしの支えとなっているのは,信仰の目の焦点を,来たるべき新しい世の祝福を含め,「見えないもの」にいつも合わせておくことです。その新しい世でエホバは,わたしに完全な健康を与えてくださるのです。―コリント第二 4:16,18。
[脚注]
この病気の影響力を理解するため,27ページの「ALSに関する事実」という囲みを読むようにお勧めします。
[27ページの囲み記事/図版]
ALSに関する事実
■ ALSとは何か。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は,脊髄と脳の下部にある運動ニューロン(神経細胞)が速い速度で侵される病気です。運動ニューロンは,情報を脳から全身の随意筋に伝達する仕事をつかさどっています。ALSになると運動ニューロンが変性するか死滅するため,徐々に麻痺が進みます。
■ ルー・ゲーリック病とも呼ばれるのはなぜか。ルー・ゲーリックは米国の有名な野球選手で,1939年にALSと診断され,1941年に38歳で亡くなりました。ALSを運動ニューロン疾患と呼ぶ国もありますが,それはALSだけでなく,より多くの病気を包含する名称です。この病気を1869年に初めて報告したフランスの神経学者ジャン‐マルタン・シャルコーにちなんで,シャルコー病と呼ぶこともあります。
■ ALSの原因は何か。はっきりした原因は分かっていません。研究者たちによると,原因として考えられるのは,ウイルス,タンパク質の欠乏,遺伝的な欠陥(特に家族性ALSに見られる),重金属,神経毒(特にグアム型ALSに見られる),免疫機構の異常,酵素の異常などです。
■ 予後はどうか。病気が進行すると,筋肉の衰弱と麻痺が全身に及び,さらに進むと,呼吸器系の筋肉が衰え,やがて患者は人工呼吸器に頼らざるを得なくなります。影響を受けるのは運動ニューロンだけなので,脳,人格,知性,記憶などは損なわれません。感覚器官も損なわれません。ですから患者の視覚,嗅覚,味覚,聴覚,触覚は機能します。普通は発症してから3年ないし5年で死に至りますが,患者の10%は10年以上生き延びることができます。
■ 治療のために何ができるか。ALSの根本的治療法は知られていません。医師は特定の症状に関係した不快感を軽減するための薬を投与することができます。症状や進行の程度によりますが,患者は,理学療法,作業療法,言語療法,様々な補助装置などを用いたリハビリから益を得ることができます。
[脚注]
ALSは普通三つのグループに分けられます。散発性のALS(最も一般的),家族性のALS(症例の約5%ないし10%は家族に既往歴がある),グアム型ALS(グアムと太平洋地域の信託統治領に多い)の三つです。
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2008/02/22/
02:57 経験 /
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