花の舞

ケ・セラ・セラ

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  • はな15


    エホバの証人と血の問題

    1 血は生命のために肝要です。この事は遠い昔から知られてきましたが,近年の研究によって,血液が生命維持のためいかに重要な機能を果たしているかについてその理解は次第に深まっています。

    1 血に関するどんな事実が,よりよく知られてきましたか。

    2 人間の血を患者の体内に注入することは現代の医療において大きな地位を占めています。医療に携わる人々,また他の多くの人々も,一人の人から別の人の体に血を移し入れることを,広く受け入れられた治療法とみなしています。1 しかし,輸血を受け入れない人々もいます。それはエホバの証人たちです。

     2 どんな治療法が広く受け入れられていますか。しかし,それに同意しないのはだれですか。

    3 エホバの証人は生命を大切にし,それを極めて尊重すべきものとみなしています。証人たちがたばこをのまず,惑溺性の麻薬を用いず,堕胎などを求めないのも,一つにはそうした理由によります。証人たちは,生命が神聖なもの,自らのためにも自らの子供たちのためにも維持し保護すべきものであることを,聖書から学び知っています。

    4 では,なぜエホバの証人は輸血に異議を唱えるのですか。死に直面してさえ守ろうとするその信念にはそれなりに道理に即した理由があるのですか。また一方で,この問題に関する証人たちの立場は,現代の医学知識また医学上の原則と全く相入れないものなのですか。

    3,4 命に関して,エホバの証人は聖書のどんな見方を保っていますか。また,このことはどんな質問を提起しますか。

    5 これは医業に携わるすべての方に関心を示していただける点と思います。医師は,輸血をめぐるこの問題にいつどのような事態で直面するか知れないからです。それはあり得ない事ではありません。エホバの証人は全地に200万人以上いるからです。あなたのおられる地域にもエホバの証人が住んでいることでしょう。以下は,医師の方たちに,患者としてのエホバの証人を理解していただくため,また,証人たちの見解が決して道理に外れたものではないことを知っていただくためにまとめられました。まず,証人たちの立場についてその宗教上の理由を取り上げます。次いで,17ページ以降では,関係する倫理上の問題,また専門の医師たちによる最近の発見や報告がまとめられています。それは血の使用をめぐる問題の処置に当たって役立てていただけるものと思います。

    5 この出版物の目的は何ですか。また,その問題はどのように扱われますか

    6 医療に直接従事していない方たちにも,この重要な問題に目を向けていただきたいと思います。血に関してエホバの証人が取る立場は,実際には,わたしたち一人一人に関係のある権利や原則にかかわるものです。また,証人たちがどんな理由で何を信じているかを知っていただくなら,医師,法律学者,聖書の研究者たちの注目してきたこの問題に対する理解を深めていただけることにもなるでしょう。では,この問題において最も重要な要素となっているのは何ですか。

    6 この問題はだれの関心を引くものですか。

    はな16


    信教上の理由

    7 多くの医師は,血の使用を,どんな薬剤を使いどんな外科的処置を施すかに関する日常の判断と同じように,本来医学上の判断の問題であるとみなします。またある人々は,エホバの証人の立場をむしろ倫理上もしくは法律上の問題であるとみなすかもしれません。生きる権利とか,自己の体に関する決定の権限,あるいは市民の生命を保護する行政府の責務といった角度からも論じられることでしょう。これらの面はすべて問題と結び付きを持っています。しかし,エホバの証人が取る立場は,何よりも信教上のものです。聖書の述べることに根ざした立場なのです。

    7 血の使用に関してどんな見方がありますか。また,血に関してエホバの証人の取る立場は何に根ざしていますか。

    8 上記の最後の一文についてその妥当性を問う人も多いことでしょう。血の使用を支持し,血液銀行を設けたり,供血を促したりしている教会組織も多くあるからです。そこで,当然問われるのは次の点です。

    8 エホバの証人の取る立場について考えるとき,どんなことが当然問われますか。

    人が血を体内に取り入れることについて聖書は何と述べていますか。

    9 聖書を霊感の下に記された神の言葉とは見ていない人でも,聖書が血について多くを述べていることは認めねばならないでしょう。聖書の巻頭の書から巻末の書に至るまでに,「血」に関して述べる箇所が400以上あります。幾つかの章句は,血を用いて生命を支える問題について特に述べています。それらの聖書の章句をまず簡単に調べましょう。

    10 聖書の記録に示される点ですが,人類史の初期に,創造者すなわち生命の授与者は血の問題に関する見解を表明されました。全地球的な洪水のすぐ後,動物の肉を食べることを人間に初めて許した時,神はノアとその家族にこう命じました。「生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれをすべてあなた方に与える。ただし,その魂すなわちその血を伴う肉は食べてはならない」―創世 9:3,4。

    9,10 聖書が血について多くを述べているということは,何を示していますか。また,人類史の初期に,神は血に関するどんな命令をお与えになりましたか。

    11 まず初めに,創造者は,人類が新たな出発をするこの時に当たって,食物に関する規定を設けておられました。(創世記 1:29と比較してください。)しかし,神がここで示された通り,食物のために動物を殺すことには,単にそれによって食品を得る以上の事が関係していました。それは,生き物の血がその生き物の生命もしくは魂を表わしていたからです。それで,幾つかの聖書翻訳は上記の創世記 9章4節を次のように訳しています。「しかし肉を,その命である血のままで,食べてはならない」―日本聖書協会口語訳。また,米国改訂標準訳,モファット訳。

    11 動物を殺すことには,単にそれによって食品を得る以上の事が関係していたということを,何が示していますか。

    12 したがって,神のこの規定は,ちょうど医師が患者に塩分や脂肪分を控えることを勧める場合のような,単なる食事上の制限ではありませんでした。創造者は,極めて重要な道徳上の原則を血と結び付けたのです。普通に流れ出る血をすべて注ぎ出すことによって,ノアとその子孫は,生命が創造者からのものでありまた創造者に依存するものであるという認識を表明することになりました。しかし,この問題についてはさらに調べましょう。

    13 ここに引用した聖句は動物の血について述べています。同じ原則が人間の血についても当てはまるのでしょうか。そうです,一層の重要度をもって当てはまります。神はノアに対して,さらにこう言われたからです。「さらにわたしは,あなた方の魂の血について取り返しを求める。……だれでも人の血を流す者は人によって自らの血を流される。神の像に人を造ったからである」。(創世 9:5,6)動物の血(それは動物の生命を表わす)が神にとって神聖な意味を持つものであったなら,人間の血はより大きな意味で神聖なものとされたはずです。こうした神の指示に従う人は,人を殺して血を流すようなことをせず,また動物や人間の血を食べることもしないでしょう。

    12,13 創造者は,血の使用を何と結び付けましたか。また,単に動物の血だけが関係しているわけではないことを,どのようにして知ることができますか。

    しかし,ノアに対するこの命令は限定的もしくは一時的な規定であったのではありませんか。それは,後の世代の人々,そしてわたしたちにも関係のあるものなのですか。

    14 神はここで,単にノアとその直属の家族だけでなく,それ以後の全人類に当てはまる規定を定めました。(実際のところ,その大洪水以後に生きたすべての人はノアの家族から出ています。―創世 10:32)多くの聖書学者はその事を認めています。例えば,神学者であり宗教改革者であったジャン・カルバンは,血に関する上記の禁令について,「この律法は洪水のすぐ後の全世界に与えられた」ことを認めていました。2 また,ハイデルベルク大学の教授ゲルハルト・フォン・ラートは,創世記 9章3,4節に触れ,全人類はノアの子孫であるゆえ,これは「全人類に対する布告」であるとしています。3

    15 血に関するこの律法は,人間の生命を尊重することを強く促した神の宣言と結び付いていましたから,わたしたちは,ユダヤ教牧師ベノ・ジェイコブの次の見解も理解できます。

    「こうして,これら二つの禁令は帰一する。これらは,人間性の,その文字通りの意味における最も基本的な要求である。……肉を食べてよいがその血を抜くように,また人の血を流してはならないということは,生けるものの世界における人間の地位を示唆している……要するに,血の禁令の理由,それは道徳的な性格のものなのである。……後代のユダヤ教は,この一節を,すべての人間の基本倫理を確立するものと見るようになった」。(下線付加)4

    事実,ユダヤ教徒は後に,創世記の始めの部分から,人類に対する七つの「基本的律法」を抜き出しましたが,ノアとその子らに与えられた血に関するこの命令もその中に数えられました。5 そうです,大抵の国々の国民は従ってきませんでしたが,これは,実際には全人類に対する律法なのです。―使徒 14:16; 17:30,31。

    14,15 血に関してノアに与えられた命令の性質はどのようなものでしたか。また,この点でユダヤ教牧師のどんな注解は適切ですか。

    16 後に,イスラエル国民に与えた律法の中で,エホバ神は殺人行為を禁じて,ノアに与えた命令が依然除かれていないことを示しました。(出エジプト 20:13)また,それと一致して,神は血を食することをも禁じてこう言われました。

    「イスラエルの家のだれか,あるいはその中に外国人として宿っている外人居留者のだれかで,どんな血にせよ血を食べる者がいれば,わたしは必ず,血を食べているその魂に敵して顔を向け,その者をその民の中からまさに断つ」―レビ 17:10。

    17 イスラエル人は,動物の血を使用することをただ一つの方法でのみ許されました。それは血を神への犠牲としてささげる場合であり,これは神が生命の与え主で,人間が神に恩義を受けていることを認めてなされました。神はこう告げました。「肉の魂はその血にあるからであり,わたしは,あなた方が自分たちの魂のために贖罪をするため,それを祭壇の上に置いたのである。血が,そのうちにある魂[もしくは,命]によって贖罪をするからである」―レビ 17:11。

    16,17 イスラエルに対するどんな律法は,血に関する禁止令が依然として適用されていたことを示していましたか。また,イスラエル人が血を使用することのできた,ただ一つの方法は何でしたか。

    18 犠牲としてではなく,食物のために殺された動物の血についてはどうでしたか。神は自分の崇拝者たちに対し,野獣もしくは鳥を捕えた狩猟者のなすべき事をこう告げました。「その血を注ぎ出してそれを塵で覆わねばならない。あらゆる肉なるものの魂は,そのうちにある魂によってその血だからである。そのためにわたしはイスラエルの子らにこう言った。『あなた方はいかなる肉なるものの血も食べてはならない。あらゆる肉なるものの魂はその血だからである。それを食べる者はみな断たれる』」―レビ 17:13,14。申命 12:23‐25。

    19 こうして血を注ぎ出すことは単なる宗教上の儀式ではありませんでした。それは実際のところ,ノアに与えられた神の律法を拡張したものでした。動物を殺す場合,人はその生命が神からのものであり,また神に属するものであることを認めるべきなのです。血を食べず,それを祭壇もしくは地面に『注ぎ出す』ことによって,イスラエル人は,事実上その生き物の生命を神に返していました。

    18,19 (イ)イスラエル人の狩猟者が食物のために動物を殺した場合,どんな対応策が求められましたか。なぜですか。(ロ)この命令に留意することにより,彼らはどんな事実に対する認識を示しましたか。

    20 イスラエル人にとって,血によって表わされた生命を軽視することは極めて重大な過ちでした。血に関するこの律法を故意に無視する者は「断たれる」つまり死に処されることになっていました。(レビ 7:26,27。民数 15:30,31)自然死しあるいは他の野獣に殺されたゆえに血をそのまま含む動物の肉を食べた場合でも人はある程度の罪を負うことになりました。―レビ 17:15,16。レビ記 5:3; 11:39と比較してください。

    20 (イ)血に関する神の律法を破ることが重大なとがであったことは,どんな刑罰によって示されていますか。(ロ)肉をその血と共に食べることが罪となることをどの聖句が示していますか。



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2008/03/06/ 21:59 個人研究 / TRACKBACK(0) / COMMENT(0) / PAGETOP  

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